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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第2章
83/335

【2-65】元気が一番!

 ◇



 マリウスから届いた新しい衣装を早速身にまとったキリエは、リアムを伴って上機嫌に部屋を出た。


「正装のときにも感じましたが、僕の身丈に合わせて服を作っていただくなんて、とても贅沢なことですよね。それも、こんなに素敵なお洋服を! ありがたいことです。感謝の気持ちを忘れないようにしなくては」

「そ、そうか……、キリエが幸せそうなのは本当に結構なことなんだが、俺としては少々、目のやり場に困るな」


 まさか自分の色にちなんだ衣装だとは思ってもいなかったリアムは、ひたすら照れ続けている。しかし、なぜ彼がそんなに気恥ずかしく思っているのかが分からないキリエは、そんな側近の様子を不思議に思っていた。


「あっ、キリエ様、リアム様! おはようございます」


 大階段付近で、セシルとすれ違う。足を止めたセシルは、にこにこと可愛らしい笑顔で挨拶をしてきた。


「おはよう、セシル」

「おはようございます、セシル。昨日はご心配をおかけしてしまって、申し訳ありませんでした」

「いえいえ、とんでもない! 今朝は顔色がよろしいようで安心いたしました。それに、新しいお召し物も素敵ですね。まるで、リアム様のような色合いです」


 その言葉を聞き、リアムは思いきり噎せて咳き込み、キリエは銀色の瞳をキラキラと輝かせる。


「そうですよね! さすがセシル、分かってくれて嬉しいです! この色合い、リアムのようで素敵ですよね!」

「はい、とっても素敵です! ジャケットやズボンはリアム様の髪、リボンタイはリアム様の瞳の色ですね。キリエ様は明るい色もお似合いになりますが、こういう深みのある色も大変お似合いだと思います」

「ふふっ、嬉しいです」


 話に花を咲かせている二人の声に引き寄せられたのか、今度はエドワードが凄まじい勢いで駆け寄って来た。


「おはようございまーっす! キリエ様、お体は大丈夫ですか?」

「エド! おはようございます。ご心配をかけてしまって、すみません。僕は全然大丈夫ですが、エドは大丈夫ですか? 雨の中、傘もささずに走ってお医者さんを呼んできてくれたと聞きました。ありがとうございます。風邪はひいていませんか?」

「キリエ様ぁ、今日も今日とてお優しいっすねぇ……! オレは全然大丈夫っす! 元気っす! ……ん?」


 尻尾を振る大型犬のごとくキリエに笑顔を振りまいていたエドワードだが、不意に何かに気がついたようにリアムを振り向く。


「キリエ様の新しいお洋服、リアム様のご趣味っすか?」

「……なぜ、そう思う?」

「だって、リアム様の髪みたいな色で……、あっ、ほら、タイはリアム様の目の色ですし、これはもう、洋服になってでもキリエ様をお守りするというリアム様の固いご意思の表れかと!」

「そんなわけないだろうが! ……はぁ、どうして皆、これが俺の色だとすぐに勘付くんだ」


 深々と溜息をつくリアムだが、そんな主の様子を見てエドワードは安心したように笑う。


「キリエ様も、リアム様も、お元気そうで良かったっす! キャシーさんの怪我もある程度はいつも通りに料理できるくらい軽かったし、ほんと、みんな元気が一番っすねぇ」


 何気ない一言だが、確かにその通りである。昨日は、キリエは気絶し、軽傷とはいえキャサリンは指に怪我をして、リアムはリアムでかなり疲弊したはずだ。しかし、一夜明けた今朝、皆それぞれ元気を取り戻している。それはとても幸せなことだと、キリエは思った。


「そうですよね、エド。みんな元気に過ごせることが、一番幸せですよね」

「はい! キリエ様と、リアム様と、お屋敷のみんなが元気だと、オレもすっごく元気になるっす! 大事な人が今日も元気で生きていてくれるって、めちゃくちゃ幸せなことっすよね」


 エドワードの飾らない言葉は、素直に胸に落ちてくる。キリエも、そしてリアムとセシルも、いつしか温かい微笑を浮かべていた。


「あっ、そうだ! 今日の朝ごはんのパン、キャシーさんに教わりながらオレが焼いてみたんすよ! だから、ちょっと形が歪んでるんすよね……、すみません」


 最初は胸を張って言い始めたエドワードだったが、主たちに出すには些か歪なパンに仕上がったのを思い出したのか、だんだんと声が萎んでいく。しかし、キリエは嬉しそうに笑った。


「キャシーが怪我をしているから、パン生地を捏ねるのが大変だと思って手伝ってあげたのですね。すごいです、エド! 朝ごはんをいただくのが、とても楽しみです」

「キリエ、エドを甘やかさなくていい。もしも不味かったら、遠慮なくエドの口に捩じ込んでいいからな」

「そっ、そんなぁ……! あっ、でも、不味かったら、はい、責任を取ってオレが食べます……」

「リアム、意地悪を言っちゃ駄目ですよ。エドが心を込めて作ってくれたんですから、美味しいに決まってます!」


 賑やかな声を聞いて大階段下まで様子を見に来たらしいジョセフと、微笑ましいやり取りを見守っていたセシルは、階段越しに視線を交わし、穏やかに笑いあった。

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