【2-64】マリーからのプレゼント
二人とも祈り始めたことにより会話が途絶えたが、心地よい沈黙だ。しばらくそうしていると、ノックの音と共にリアムが訪れた。しかし、祈りの時間を邪魔をしてはいけないと思ったのか、彼から話しかけてはこない。
「リアム、もう稽古は終わったのですか?」
「ああ、少し早めに切り上げたんだ」
祈りの手を解いて目を開けたキリエから声をかけると、リアムはほっとしたような顔で近づいてきた。彼は、何やら大きな箱を抱えている。
エレノアはスッと立ち上がり、姿勢良く一礼した。
「えっ……、もしかして、僕が無駄に早起きをしてしまったせいでしょうか……?」
「違う。届け物を受け取ったからだ。──それより、お前たちは何をそんなに熱心に祈っていたんだ? 何かあったか?」
心配そうな表情を浮かべるリアムに対し、どう説明したものか迷うキリエだったが、代わりにエレノアが答えてくれる。
「自分の懺悔を聞いていただき、共に祈っていただいておりました」
「……故郷の、例の人物のことか?」
「はい」
どこかスッキリとした面持ちのエレノアが首肯すると、リアムは意外そうに目を瞬かせた。エレノアはキリエへ向き直り、改めて頭を下げてくる。
「キリエ様、自分のつまらない身の上話にお付き合いいただいたばかりか、励ましの御言葉まで賜りまして、心より感謝申し上げます」
「いえ、そんな……、僕のほうこそノアのことを教えていただけて、嬉しかったです」
「本当に、ありがとうございました。──それでは、失礼いたします」
ティーポットやカップなどを手際よくまとめて持ったエレノアは、深々と一礼してからキリエの部屋を出て行った。彼女を見送った後、リアムは小さく感嘆の吐息を零す。
「キリエ、ノアと恋仲だった子息のことを聞いたんだろう?」
「はい、聞きました」
「驚いた。ノアは、そのことを話したがらない。おそらく、屋敷内では俺しか知らなかったはずだ」
「えっ……、ジョセフもご存知ないのですか?」
「ああ、ジョセフも知らない。あまり詮索しないでやってほしいと言ってあるし、ノアも真面目に働いてくれているから、ジョセフも怪しんだり探りを入れたりはしていないはずだからな。知らないままだろう」
「じゃあ、僕はとても貴重な話を聞かせていただけたんですね……」
キリエがしみじみと呟くと、テーブルの上に箱を置いたリアムが頭を撫でてきた。
「ノアは懺悔と表現していたが、確かに、キリエに話を聞いてもらうと、そんな感じがする。赦しを得られたような気がして、心が落ち着くんだ。だから、甘えてしまっている自覚はあっても、つい話を聞いてもらいたくなってしまう」
「甘えられているという感じはあまりしないのですが……、僕はいつだって、何だって聞きますよ。それで、君やみんなの気持ちが楽になるのなら、いくらだって」
「ああ、ありがとう。……それより、キリエ宛にマリウスから荷物が届いている」
照れ隠しのように咳払いをしたリアムは、やや強引に話題を変えてくる。キリエは小さく笑い、その話題に乗ることにした。
「マリーから? 普段着が完成するのは、もう少し先でしたよね?」
マリウスには正装の作成を最優先にしてもらっていたため、日常用の衣服が何着か出来上がるのはまだ先の予定になっている。現在は、リアムの幼少期のお下がりと購入した既製品を着用している状態だ。
「それが、どうしても一着だけ先に渡したかったんだそうだ。徹夜で完成させて、すぐに届けさせたらしい。……開けてもいいか?」
「はい、お願いします」
手紙と同様、キリエ宛の荷物はリアムが開封することになっている。キリエの承諾を得たリアムは箱を開き、中の衣服を広げた。
箱に詰められていたのは、リアムの髪の色とよく似ている生地で作られた上着とズボンだ。テーラー・マリウスの店内でキリエがこの生地を見つけたとき「これで普段着を作りましょう」とマリウスが約束してくれていたのを思い出し、キリエは瞳を輝かせる。
「わぁっ……、マリー、約束を覚えていてくれたのですね!」
「約束? ……カードが添えてあるな。御披露目の儀が無事に終了したことを祝して、この衣装はマリウスからキリエへのプレゼントだそうだ」
「嬉しいです! ああ、なんて素晴らしい贈り物なんでしょう! リアム、マリーにお礼の手紙を書いてもいいですか?」
「ああ、勿論。でも、そんなに嬉しいのか? 割と地味な色合いだと思うんだが……、リボンタイも添えてあるが、これも暗めの紫だし……、マリウスの見立てにしてはおとなしすぎる」
不審そうに首を傾げるリアムは、箱からリボンタイをつまみ上げた。彼は不可解なようだが、キリエにはマリウスの心遣いがよく分かる。ますます笑顔を弾けさせたキリエは、リアムの手からタイを受け取って楽しそうに笑った。
「ふふっ、マリーは人を喜ばせるのがとっても上手な人なんですね!」
「そうか? まぁ、キリエが嬉しそうにしているのは何よりだが……、お前はこういう色が好きなのか?」
「はい、素敵な色だと思います! だって、リアムの髪と瞳の色ですから」
「……、……は?」
「こっちはリアムの髪の色、こっちはリアムの瞳の色です。とっても素敵な、夜霧の騎士の色ですよ! 僕にとっては、尊敬する色であり、憧れの色でもあります!」
届いたばかりの衣服を抱えて幸せそうに笑う主君を見下ろす夜霧の騎士は硬直し、顔中を真っ赤に染め上げた。




