【2-52】もっと自分を大切に
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王城入口で元気よく出迎えてくれたエドワードに軽く挨拶をして馬車へ乗り込んだリアムとキリエは、揃って小さな溜息を零した。
先手を打ったのはキリエで、明るい声音で語り掛ける。
「リアム、一騎打ちお疲れ様でした。とても格好よかったです!」
「……ああ、ありがとう」
「公式戦ではないですけど、皆さんの前でちゃんとリアムの実力を示すことが出来て良かったです。……マデリンとランドルフは、これからちょっと大変でしょうけれども」
「そうだな。……マデリン様からキリエへの逆恨みの感情は、ますます増大するだろう。今後、何が起きるか分からない」
今後に関して心配事が多いからか、リアムの表情は晴れない。そんな彼の横顔を見つめて、キリエは穏やかに言う。
「でも、君が傍にいてくれるのでしょう?」
深い藍紫の瞳が、銀眼を見つめ返してくる。その眼差しには、強い意志が宿っていた。
「傍にいる。何が起ころうと、お前を守る。──お前が何者であろうと、俺にとってキリエはキリエだ」
「……ふふっ。どこから聞こえていましたか?」
キリエは小さく苦笑し、柔らかく問いかける。主語が無くとも何を指しているのか理解しているリアムは、静かに答えた。
「割と初めのほうからではないかと思う。……お前とジェイデン様は話に夢中だったから俺の気配は分からなかったようだが、マクシミリアンは気付いていた。そのまま聞いていろと視線で訴えられたから黙って聞いていたんだが……、結局は耐えきれなくなって口を挟んでしまった。すまない」
「耐えきれない? 何がですか?」
「キリエが自分自身を傷つける言葉を口にしていることに、だ」
そういった自覚が無かったキリエは驚いてしまい、言葉に詰まる。そんなキリエの頭を撫で、リアムは諭すように言葉を紡いだ。
「キリエは俺のことを心配してくれるが、俺は大丈夫だ。それよりも、もっと自分のことを大切にしてほしい。自分の出自が気になってしまうのは分かるが、だからといって自嘲して曝け出すような真似はするな。俺なんかを気にするよりも、もっと自分を大事にしてほしい」
「……嫌です」
「ん?」
「リアムだって、自分やお家のことをすごく低く評価しているし、すぐ自嘲するし、自分のことよりも僕のことばかり気にしています。……傍で支えていただいていることには、すごく感謝しています。でも、だからこそ、リアムにも、もっと自分自身を大切にしてほしいです」
ふくれっ面に近い表情のキリエを見下ろし、リアムは狼狽えている。どう返したものかと考えたらしい彼は、若干の動揺が混ざった声で言った。
「いや、その……、こうして友人として話をしてはいるが、お前は王子で俺は騎士だ。身分も立場も違う。それに、俺の家が没落したのは本当のことだ」
「僕が銀髪銀眼であることも、二度ほど目が赤くなっておかしくなったことも事実です。……それに、十年前に田舎のただの孤児を助けてくれた王国騎士が、身分や立場の差を語るのですか?」
再び言葉に詰まったリアムは、諦めたように深く息を吐き出す。
「はぁ……、分かった。分かったよ、キリエ。俺も今後は自身や家のことを卑下しすぎないように気を付けるから、お前も自分を落とすような物言いはしないでくれ」
「はい、分かりました!」
友人として対等に互いに気を付けるべきだという話であれば、納得して受け入れられる。キリエが自身を大事にすることで、リアムも同じようにしてくれるというのなら、それでいい。リアムが彼の力や知恵でキリエを守ってくれるというのなら、キリエは自分の立場で彼を守っていきたい。今はまだ大きな差があるが、そうして対等な友人関係に近づいていきたい、とキリエは思っていた。
「あ……、ただ、決して自嘲しているわけではないのですが、ジェイデンには僕の変な体質のこともきちんと話しておきたいと思っています」
「……その理由は?」
「うーん……、上手く言えないのですが、次期国王選抜へ向けて彼なりに何か考えがあるような気がして。もし、彼が次期国王の座に就きたいという意思があるのであれば、たぶん……、僕が目指したい王国の在り方に一番近いものを作っていくのはジェイデンではないかと思うのです」
ジェイデンは、何を考えているのかよく分からない雰囲気がある一方、実に細やかに気を回しているし、視野も広く偏見も無い。キリエが理想とする国王に一番近いのは彼かもしれない、と思ったのだ。
「なるほどな。確かに、あの方はパッと見の雰囲気以上に、賢く聡いだろう。視野も広く、多岐にわたって興味を持つ性格だから、貧民の生活向上にも協力してくださるかもしれない。ただ、隠し事をしている相手に腹の内は明かさないだろうし、手の内も見せないはずだ」
「そうでしょう? マデリンやライアン以上に、ジェイデンと深く話をしておいたほうが良いと思うのです。ジャスミンとも話しておきたいですが、彼女はおそらく次期国王にはならないでしょう。アルス市国との兼ね合いも考えると、即位を目指すのは色々な意味で大変だと思いますので」
同意するように頷いたリアムだが、しばし逡巡した後、複雑な感情を混ぜ合わせたような声を発した。
「ジャスミン様とは、あまり仲良くしないほうがいいかもしれない」




