【2-50】夜霧の騎士 VS 自称・太陽の騎士
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あまりの早業に審判のコンラッドも唖然としていたが、すぐに気を取り直して垂直に右手を振り上げる。
「リアム=サリバン、一本!」
場内に生じた静かなどよめきを感じながら、リアムは弾き飛ばした木剣を拾いに行き、ランドルフへ近づいて手渡した。畏怖に近い驚愕を浮かべている彼に対し、リアムは落ち着いた声音で告げる。
「言ったはずだ。全力でいく、と」
「……僕だって、真剣に、……決して気を緩めていたわけでは、」
「そうだな。互いに気を緩めていたわけでも、手を抜いていたわけでもない。それは分かっている。──だが、観衆が多い。お前の今後の立場もある。……健闘を祈る」
不器用な励ましの言葉を残し、リアムは再び己の立ち位置へついた。木剣を構えると、ランドルフも同じように構えの姿勢を取る。相変わらず顔色は悪いが、ランドルフの双眸から闘志は消えていない。彼のそう簡単には挫けない気性は評価したい、とリアムは改めて考えた。
「──始め!」
コンラッドの号令を受け、リアムは地を蹴る。先程とは違う方向から素早く打ち込んだが、ランドルフは自身の武器でなんとか受け止めて防御した。
しかし、木剣を受けるのに精一杯で、全体的に隙だらけだ。リアムはランドルフの足を蹴って掬い上げ、転倒したランドルフの喉元ギリギリへ木剣の先を突き出す。ランドルフがヒュッと息を吸い上げたところで、コンラッドが審判を下した。
「リアム=サリバン、二本!」
ランドルフはますます顔を青くして、引き攣った表情でリアムを見据える。
「あ、足で蹴ってくるだなんて……」
「蹴ってはいけない、殴ってはいけない、という規則は無いはずだが?」
「き、規則には無いですけど、だからといって……そんな……」
「騎士同士の演練くらいなら、行儀よく武具の打ち合いをしている程度でいい。だが、王都から離れた場所では、それが通じないこともある。まだあまり多くはないようだが、行儀の悪い戦い方しか出来ない怪しい連中だっている。──実際に、先代国王陛下が地方へ出られているときに、厄介な賊からの襲撃を受けた。そのとき、行儀の悪い戦い方が出来たのは俺だけだった。その功績を認めていただけて、夜霧の騎士の称号を賜った」
リアムは、どこか挑戦的な眼差しでランドルフを射抜いた。
「自称・太陽の騎士、ランドルフ=ランドルフ。本物の称号が欲しいのであれば、もっと我武者羅に強くなれ」
「……ッ」
夜霧の騎士からの挑発に、ランドルフの瞳に更なる闘志が燃え上がる。そうだ、それでいい、彼はもっと強くなれるのだから──そう思いつつ、リアムは不敵な笑みを口元に刻んだ。
二人の騎士は同時に構えの姿勢を取り、コンラッドは三度目の開始の号令を発した。
「始め!」
審判の掛け声と同時に動いたのは、今度はランドルフだ。苛立ちと焦燥感を滲ませた斬撃を仕掛けてくる。咄嗟に反応がしづらい場所を的確に狙っている攻撃ではあったが、リアムにとっては簡単に回避できるものだ。
受け流したリアムはそのまま相手の背後へ回り、ランドルフの武器を思い切り弾き飛ばす。木剣は回転しながら宙高く飛び、審判の近くへ落ちた。コンラッドはしばし呆然とそれを眺め、じきに気を取り直して手を振り上げる。
「リアム=サリバン、三本! 勝負あり! 勝者、リアム=サリバン!」
静かなざわめきが蠢いていた観客席の声が次第に大きくなっていき、最終的には賑やかな歓声が上がった。リアムとランドルフは定位置につき、一礼を交わし合う。終了と同時に、ランドルフは足早に退場して行ってしまった。その背中を見送って溜息をつき、リアムはコンラッドにも一礼する。
「宰相閣下、お立ち会いいただきまして、ありがとうございました」
「いやいや、何ということはない。立場的に難しい試合だからな、私が審判をするのが一番よかろうと思ったまでのこと。……まぁ、一波乱あるじゃろうな」
コンラッドが苦笑と共に苦々しい声で言い、リアムも頷いて同意を示した。
「そうですね……、彼自身も、騎士団長も、マデリン様も、それぞれ影響を受けられるでしょう。心苦しく思います」
「そうじゃな。しかし、厳しいことを言うようだが、それぞれに原因があるのだから仕方がない。お主が気に病むことではないし、お主が咎を負うことでもない。この決闘はキリエ様もお認めになったものという経緯もあるのだから、誰もお主を責められまい」
「はい。私があの御方をお守りする立場ですのに、今回は私が守られてしまいました」
リアムが特別席の方を振り仰ぐと、銀髪の王子は視線を感じたのか、手を振ってくれる。そちらへ向かってリアムは深々と頭を下げた。
それを穏やかに見守っていたコンラッドだが、ふと声音を硬くする。
「……リアム。マデリン様からの恨みはますます積み上がったであろうし、ジャスミン様がキリエ様をお気に召していらっしゃる関係上、ライアン様からの心象も悪いであろう。ここから先、次期国王選抜は大詰めになってゆく。キリエ様に危険が及ぶこともあるやもしれん。……くれぐれも、注意しておくのだ」
「心得ております。──しかしながら、宰相閣下。ライアン様とジャスミン様の間に、いったい何があられるのですか? 今後のためにも、他の側近たちが把握している程度には情報をお聞かせ願いたいのですが」
リアムからの申し出に、コンラッドは物々しく頷いた。




