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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第2章
67/335

【2-49】全力の一本

 ◇



 防具を身に着けて木剣を手にしたリアムが競技場内へ入ると同時に、反対側の入口からランドルフが入場してくる。リアムは、観客席が静まり返ってゆく緊張感を察知しつつ、キリエが特別席でジェイデンやマクシミリアンと共にいるのを確認して安堵した。

 競技場内からはキリエの表情までは見えないが、きっと彼は不安そうな顔をしているのであろうことは手に取るように分かる。そして、彼の心配は勝敗の結果ではなく、リアムの心情を案じているからのものだということも。


 思わず口元が緩むリアムを見て何を思ったのか、ランドルフは硬い表情で声を掛けてきた。


「リアムさん。……ソフィアの心の中には、まだ貴方がいる」

「……まさか。もう五年も顔を合わせていない」

「それでも、彼女は貴方を想っている」

「そんなはずはない。自分の妻を、もっと信じてやったらどうだ。子どもも授かったんだろう?」


 ランドルフは青白い顔で口を噤む。彼の目の下にはくっきりとした隈があり、心労の積み重ねが窺えた。

 かつてのランドルフは、もっとお調子者で快活な青年だった。親の権力を利用して自分勝手に騎士団へ入団するなど困った一面はあったものの、意外と忍耐強く訓練に打ち込んでいたことも、仲の良い騎士仲間が出来ずともめげずに厩の馬たちと友達になろうとするなど前向きだったことも、リアムは知っている。気に入らない男ではあるが、だからといって嫌いというわけでもなかった。


 だからこそ、ここ数年のランドルフを気の毒にも思っている。ソフィアと結婚した辺りから彼はおとなしくなっていき、マデリンの側近になってからは顔色が悪く浮かない表情ばかり見せるようになった。

 ソフィアのことでランドルフを責めたいなどとは、リアムは微塵も思っていない。むしろ、彼女にも彼にも申し訳ない気持ちを抱いているほどだ。出来れば、二人には──特に、かつて愛した人には幸せになってほしいと願っている。だからこそリアムは、ランドルフを安心させるための言葉を紡いだ。


「ソフィアの名を出せば俺が動揺するとでも思ったか? ──確かに、五年前までは、彼女と共に家庭を築いていく未来を望んでいた。だが、今は違う。今はもう、俺の心の中に彼女の存在は無い」

「……では、貴方の心の中には誰がいるんですか?」

「今この胸の内を満たしているものは、敬愛する主君への忠誠だ。ようやく、全てを捧げたいと思える主と出会えた。あの御方の願いを叶えることしか考えていない」


 ランドルフの琥珀の瞳に、わずかな驚きが浮かぶ。彼がマデリンへ捧げている忠誠と、リアムがキリエを想っているそれとには、大きな差があるのだ。


「我が主は、お前との一騎打ちに全力を懸けろと仰った。だから、一切手を抜かない。……覚悟しておいてくれ」


 安心させようとする言葉だけではなく、きっちりと牽制することも忘れない。そんなリアムに対し、ランドルフも表情を引き締めた。

 すると、騎士たちの会話が終わる頃合いを見計らっていたかのように、コンラッドが登場した。



 ◇



「コンラッド様が審判を務めてくださるようですね」

「ああ。まぁ、一番公平に審判してくれるのはコンラッドだろうからな。適任なのだよ」


 入場してきたコンラッドを見下ろしてのマクシミリアンの言葉に、ジェイデンも頷く。きょとんとしているキリエへ、マクシミリアンは柔和な微笑と共に説明をしてくれた。


「演練での一騎打ちは、相手の武器を弾き飛ばすか、勝負がついたと審判が判断を下すことで一本を取ります。マデリン様は三本勝負をご提示なされたので、リアムとランドルフのどちらか先に三本を取った者が一騎打ちの勝者となるのです」

「そんなの、リアムが取るに決まっているさ」


 ジェイデンが挟んできた言葉に「そうですね」と同意を示してから、マクシミリアンは先を続ける。


「リアムもランドルフも長剣使いですので、彼らの打ち合いは分かりづらくはないと思います。しかし、動きは素早いですので、目で追うのは大変かもしれません。ですが、貴方の騎士が全力で戦う姿をぜひしっかりと観ていただければと存じます」

「はい、しっかりと観るようにします」

「嗚呼、キリエ様! まばたきをしないように我慢されているのですね? 健気に耐え忍ばれている御姿がなんともお可愛らしく、」

「うるさい、マックス。いよいよ、決闘開始だ」


 審判のコンラッドが右手を頭上に上げ、何かを語っている。おそらくは、試合開始前の口上を述べているのだろう。言葉を終えた審判は、掲げていた手を振り下ろした。試合開始の合図を受け、騎士たちは同時に動く。

 ──と思いきや、次の瞬間にはランドルフが持っていた木剣は宙へ飛んでいた。 

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