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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第2章
66/335

【2-48】騎士の魂

 ◇



 ウィスタリア王城の広大な敷地の片隅に王国騎士団の詰所があり、その隣に演練場がある。騎士たちの訓練や練習試合・公式試合など幅広い使われ方をしているらしい。

 ジャスミンを見送ってからキリエたちが演練場へ移動すると、事前に決まっていた決闘ではないというのに、既に多くの騎士たちが観客として集まっていた。


 上座の扱いになると思われる特別席は両端にあり、片方にはマデリンと彼女の護衛団と思われる一同が着席していたため、キリエたちは反対側の特別席を使うことにする。最敬礼する騎士たちへ会釈をしつつ席へと向かい、マクシミリアンに勧められるままジェイデンの隣へ着席したキリエは小さな溜息を落とした。


「こんなに観衆がいるなんて……、ライアンやジャスミンの気遣いが霞んでしまいそうですね」

「マデリンが呼び込んでしまったんだろうな。まぁ、王家の人間の頭数が減るだけでも多少はマシだと思っておくのだよ」

「……本当は、ジェイデンも帰りたかったのでは? 巻き込んでしまって、すみません」


 リアムがマクシミリアンへキリエの守護を依頼したため、ジェイデンは王城を去るわけにはいかなくなってしまったのだ。それを気に病んだキリエの言葉に対し、ジェイデンは朗らかに笑う。


「気にすることはないのだよ。僕は自由に動きたいときにはそうするし、マックスがいてもいなくても、それは変わらない。本当に此処を立ち去りたいだけの理由があれば、マックスをここに置いて僕は帰るだろうさ」

「嗚呼、ジェイデン様、そのようにつれないことを仰らないでください。私は昼となく夜となく貴方様のお傍に、」

「つまり、僕がここに留まっているということは、僕自身がそうしたいと思っているからなのだ。リアムの戦い方は観ていて面白いからな、特に今日はキリエに発破を掛けられていつも以上に本気でいくだろうから観ておきたい」


 マクシミリアンの言葉を遮り、ジェイデンは楽しそうに言った。主に無視されても全く堪えている様子のないマクシミリアンは、相変わらずの輝かしい笑顔でキリエの横に跪く。そして彼は、頭を下げてきた。


「キリエ様、ありがとうございます」

「えっ? お礼を言っていただくようなことは、何も無いような……、むしろ、こちらこそ、こうしてお付き合いいただいてありがとうございます」

「いいえ、キリエ様には深く感謝を申し上げたいのです。我が親友、リアム=サリバンの瞳の輝きを取り戻してくださって、ありがとうございます」

「リアムの……?」


 暁の騎士は顔を上げ、橙色の穏やかな瞳でまっすぐに見つめてくる。その眼差しには、確かに感謝の念が滲んでいた。


「リアムは、とても美しい騎士です。外見ではなく、内面の話ですよ。もっとも、彼の場合は外見も整っていますけれども。──あんなにも高潔で美しい騎士の魂を持った者は、他にいないでしょう。リアムは、誰かを護る立場にあることで輝きを増す男です。……ここ数年、彼は護りたいものを奪われてばかりで随分と気落ちしていたのですよ。私では力不足で、彼の支えになることは出来ませんでした。しかし、麗しい銀の小鳥、キリエ様の御傍にいるようになって、彼はとても元気になりました。旧友として、心からの感謝を」


 リアム自身からはマクシミリアンが親友だとは聞いていないが、彼の暁の騎士への評価や、先程も迷わずキリエの護衛を頼んでいたことからも、仲が良く信頼を寄せているのだろうと分かる。そんな相手からのあたたかな言葉を受けて、キリエの胸の内に喜びが湧き上がった。しかし、だからといってキリエが礼を言われるようなことではないので、そっと首を振って見せる。


「そんな風に言っていただけるのは嬉しいですが、僕は、お礼を言っていただけるようなことは何もしていません。むしろ、僕がお礼を言いたいことばかりです。リアムにも、マックスにも、ジェイデンにも」

「嗚呼、キリエ様! 貴方は本当に謙虚で可愛らしい御方ですね。そんな貴方だからこそ、彼は救われたのでしょう。愛らしい銀月、貴方にはきっと私の言葉の意味がお分かりにならないのでしょうが、どうぞそのままの御心でいらしてください」


 二人のやり取りを微笑ましげに眺めていたジェイデンだが、決闘する二人が登場する気配を察して声を発した。


「出てくるのだよ」


 キリエとマクシミリアンが競技場へ視線を落とすと、ちょうどリアムとランドルフが入場してくる。場内の騎士たちも次々と会話を止め、沈黙と共に緊張感が張りつめた。キリエの席からは対極にいるマデリンの表情は判別できないが、おそらくは己の側近の勝利を信じて疑わず、あの勝気な笑みを浮かべているのだろう。

 キリエもリアムの勝利を信じてはいるが、マデリンほど強気に構えてはいられない。膝に乗せている手を祈りの形に組むと、マクシミリアンが優しく声をかけてきた。


「大丈夫ですよ、キリエ様。リアムが負けることはありません。キリエ様からの御許しと激励をいただいたのですから、絶対に」

「……僕は、勝敗にはこだわりません。ただ、彼が色々なしがらみから解放されて、伸び伸びと実力を示してほしいと、そう願っているだけなのです」


 先日、庭でジョセフと手合わせをしていたリアムは、とても生き生きと動いていた。あんな風に、彼らしい闘いをしてほしい。騎士団内での忖度など関係ない、彼自身が納得できる一騎打ちであってほしい。

 勝敗の行方以上に、リアムの心が解放されるか否かの方が、キリエは心配だった。そんな兄弟を横目で見て、ジェイデンは強気な微笑を浮かべる。


「それは無駄な心配なのだよ、キリエ。彼のしがらみは、先程、君が取り払っていたじゃないか。敬愛する主に魂を解放された彼は、自由に翔けて遠慮なく勝利を掴むだろうさ」

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