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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第2章
61/335

【2-43】御披露目の儀 当日

 ◆◆◆



 ──御披露目の儀、当日。

 ウィスタリア王城前へ馬車が到着すると、キリエは溜息をついてしまった。リアムは苦笑と共に、主の細い背を軽く撫でる。


「大丈夫か、キリエ? 馬車から出たら、俺はただの側近として振る舞わねばならない。俺の態度が硬くなったからといって、キリエまで固まってしまうのは困る」

「大丈夫です。弱気を見せるのはここまで、と決めています。夜霧の騎士を側近にしているというのに僕がうじうじしていたら、君の栄誉に傷がついてしまいます。来賓もいるのですし、気を引き締めなければ」

「俺の栄誉なんていうものは無いに等しいからどうでもいんだが……、まぁ、それでお前が気を強く持てるのであればそれでいいか。キリエなら大丈夫だ。堂々と、お前らしく頑張ろう」

「はい!」


 キリエが元気よく返事をすると、リアムも力強く頷き返す。まずリアムが降車すると、それと同時に、外で待機していたエドワードがキリエ側の扉を開けて手を差し出してきた。


「キリエ様、御手をどうぞ」

「ありがとうございます」

「オレは残念ながらお城の中へ入れないんで、停車場でひっそりと応援しながら待機してますね。大丈夫っす、今日のキリエ様、一段とキマってます!」


 何が大丈夫なのかはよく分からないものの、エドワードの朗らかな笑顔を見ていると気持ちがほぐれていく。


「ありがとうございます、エド。行ってきますね」

「はい! 行ってらっしゃいませ!」


 エドワードの一礼に送り出され、キリエはリアムを伴って城へと進んで行った。入口付近を警備していた王国騎士たちが一斉に姿勢を正し、敬礼の後に深々と頭を下げる。このように集団から敬われることに慣れないキリエは、居心地の悪さを噛み殺しながらも、騎士たちへ会釈しつつ城の中へ入っていった。


 すると、またもや王国騎士たちによる最敬礼の歓迎を受けてしまう。再び気まずさを感じていると、騎士たちが今度はキリエたちの背後へと敬礼した。誰か来たのかと振り向くと、そこにはライアンと彼の側近が佇んでいる。相変わらずニコリともしないライアンは、詰襟型のかっちりとした正装に身を包んでいるためか、以前会ったときよりも更に堅物に見えた。


「ライアン……」

「久しぶりだな、キリエ」

「お久しぶりです」

「ご無沙汰しております、ライアン様」

「ああ。……そうか」


 リアムからの挨拶を受け、ライアンは何かを思い出したように何度か瞬きをして、隣に立つ騎士を指先で示してくる。


「先日は途中で退席したから、キリエに紹介をしていなかったな。彼は、ブルーノ=クィントン。私の側近だ」


 主からの紹介を受け、ブルーノはきっちりと一礼してからキリエの前に跪いた。


「キリエ様、先日は御挨拶もせず失礼いたしました。ご紹介いただきました通り、私はブルーノ=クィントンと申します。以後、お見知りおきを」


 ライアンは黒髪でブルーノは茶髪という差はあるが、この主従は髪形も眼鏡を装着していることも背格好も似たようなもので、それこそ兄弟のようだ。冷静でまじめな態度までライアンとよく似ているブルーノへ、キリエも挨拶を返す。


「こんにちは、ブルーノ。ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」


 それぞれの挨拶が済んだところで、案内役の王国騎士に先導されて大広間の裏手にある控室へと向かった。途中ですれ違う使用人たちが大仰に頭を下げてくるのがキリエとしてはどうにも落ち着かないが、なるべく気にせず前だけを向いて歩くようにした。

 キリエは予定よりも早めに来たのだが、それでも控室には既に先客がいた。──マデリンとランドルフだ。ランドルフは相変わらず青白い顔色で棒立ちになっていたが、キリエとライアンへしっかりと一礼してくる。彼に会釈を返してから、キリエはマデリンの隣の椅子に座り、おずおずと声を掛けた。


「あの……、」

「忘れなさい」

「えっ?」


 胸元が大きく開いたデザインで、装飾も多く豪奢な正装を身に纏っている王女は、勝気な瞳でキリエを睨みつけてくる。


「あの日のことは、何もかも忘れていただけるかしら? 貴方からは、苦情も同情も受けたくありませんの」

「僕は、苦情を言うつもりなんてないですし、同情というか……君が心配で、」

「大きなお世話ですわ! 忘れなさいったら、忘れなさい!」

「は、はい」


 目の前にいるマデリンからは、先日母に縋っていた弱々しい印象の欠片も感じない。本当に元気を取り戻したのならいいが、空元気なのではないかと思うと心配だ。だが、ここには、あのときはいなかったライアンもいる。これ以上、突っ込んだ内容を口にするのは難しいだろう。

 奇妙な沈黙が始まったかと思いきや、すぐに外から明るい声が聞こえてくる。間を置かずに入室してきたのは、ジェイデンとジャスミン、そして、彼らの側近とコンラッドだった。


「やぁやぁ、もう集まっていたのか! おぉ、キリエ! 良いデザインの正装じゃないか! やはり、君の銀髪銀眼には純白がよく似合うのだよ!」

「こんにちは! キリエ、とっても素敵だわ。とても格好いい!」

「金の装飾も繊細で控えめなのが、キリエらしくて素晴らしいな。この短期間でこれだけのものを拵えるとは、腕のいい職人なのだよ」

「職人も素晴らしいけど、元がいいのよ。キリエだからこそ、着こなせるんだわ」

「勿論だとも。さすがは僕の兄弟だ!」

「さすが、わたしの天使!」

「あ、あの……、二人とも、は、離してくださ……っ」


 入室するなり両側からキリエを挟み込んで揉みくちゃにしてくるジェイデンとジャスミンの声によって、控室内は一気に騒がしくなる。マデリンは不機嫌さを、ライアンは不快感を表に出し、それぞれ眉間に皺を刻み込んでいた。

 次期国王候補たちの様子を眺め、コンラッドは深々と溜息をつくのだった。

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