【2-40】銀の抑止力
「広報活動……、寄付と一緒にするべきだと君は言っていましたよね」
「ああ、そうだ。どこかへ多額の寄付をするより、一ヶ所あたりが少額になってでも数多くの教会や孤児院などに寄付できた方がいい。そして、出来ればキリエ自身が足を運んで現地を訪問することが望ましい。その方が、人々の記憶に強く残るだろうから」
そこまで語ったリアムは、しばし思い悩むように視線を彷徨わせていたが、意を決したように真摯な眼差しでキリエを射抜いてきた。
「まず、先に言っておきたいんだが、俺はキリエを奇異の目で見ているつもりはない。これから話す内容で誤解されてしまうかもしれないが、それだけは信じてほしい」
「勿論です。僕は、リアムを信じています。今まで僕を守り助けてくれたことが、君の心の証です」
「ありがとう、キリエ。……お前を傷つけたいわけではないが、現実的な話として、ひとつ言っておきたいことがある。それは、キリエの最大の武器はお前の外見から受ける印象ということだ」
「……妖精人のような姿だから、赴いた先で強い印象を残せるということですね」
キリエは気丈に微笑んだが、逆にリアムの方が傷ついた面持ちになってしまう。キリエが銀髪銀眼を気にしていることを知っているからこそ、彼としては出来れば触れたくない話題だったのかもしれない。
「リアム、大丈夫ですよ。僕は幼い頃からずっと、妖精人のようだと言われ続けています。今更、その程度のことで傷ついたりはしません。そして、そんな僕の髪や目を初めて月に例えてくれた君の真心を疑ったりもしていません」
「……、そう、確かに、キリエの外見は妖精人を意識させて印象に残る。だが、それだけではない。どこか清らかな空気を感じるんだ。穢してはならない、護らねばならない、と思わせる何かがある……ような気がする」
歯切れの悪い言葉だが、リアムは真剣に続きを紡いだ。
「今の俺は、キリエの心情や考えに胸を打たれたからこそ、お前を守り支えていきたいと思っている。──しかし、十年前。あの森で初めてキリエを見た瞬間、今抱いているものとは違う感覚で『護らなくてはならない』という意識が働いたというのも事実だ」
「……どういうことですか?」
「すまない、上手く言葉に出来ない感覚なんだ。あの本能に訴えかけてくるような不思議な作用を、どう説明したらいいのか分からない。……だが、キリエが言っている『自分は悪意を向けられづらい』という特徴は、その謎の感覚が関係しているのではないかと、俺はそう考えている」
確かに、キリエはあからさまに悪意を向けられた経験が殆ど無い。マデリンが真正面からぶつけてきた嫌悪感が初めてと云ってもいい。
キリエに文句を言いたげだったり暴力を振るいたがっているのではないかと思われる人々も、何故かキリエを前にするとそういった感情や衝動を引っ込めてしまうようだったのだ。何かが変だと思いつつ、それを突き詰めて考えようとはしなかった。ただでさえ珍しい髪と眼の色を持っているため、それ以上は人間離れした要素を増やしたくなかったのかもしれない。
「キリエを迎えに行く前、新たな次期国王候補が出現したらしい、更にその人物は銀の髪と瞳を持っているらしい、という話で王城内は騒がしかった。──今だからこそ言うが、気味が悪いと語り合っている者も少なくはなかったんだ。でも、実際にキリエが現れると、皆の心からそういった悪感情は消えたようだった。皆、好奇心を向けていても、悪意を向けてはいないだろう? ……まぁ、マデリン様は例外だが」
「……僕、やっぱり何か変なんでしょうか」
キリエが俯くと、リアムは腕を伸ばして頭を撫でてきた。
「欠点ではなく、お前の魅力であり強みでもあると思う。本来なら、キリエがもっと幼い段階で、銀髪銀眼の子どもがいるという情報が王都へ届いて、物珍しさから騒がれていた可能性が高いんだ。だが、ルースの人々はお前を妖精人のようだと珍しがりつつも、その存在を広めようとはしなかった。これは俺の個人的な予想でしかないが、お前を護らねばならないという、いわば抑止力のようなものが働いていたからなんじゃないかと思われる」
「……君が十年前の報告で僕の情報をぼかしていたのも、それと同じということでしょうか?」
その質問に対し、リアムは口元を片手で覆いながら暫く考え込む。一分以上の長考の末、彼は小さな唸り声を発してから答えを口にした。
「それは……、俺の中に、キリエを目の当たりにしたときの抑止力のようなものの影響が無かったとは言えない。だが、それだけではなかったのも確かだ。あのとき、自分の意思で、銀月の子どもの生活が可能な限り平穏なものであってほしいと願った。それもまた事実だ」
「そうですか……、ありがとうございます。僕は、どちらでもいいんです。僕に何か変な力があって、君がそれに影響されたのだとしても、助けてくれたのは確かな真実なのですから。感謝の気持ちも、尊敬の念も、変わりはありません」
キリエがそう言うと、リアムは立ち上がり、キリエの横へ来て膝をつく。そして、誠実な眼差しで顔を覗き込んできた。
「当時の俺に関しては、心苦しいが曖昧な答えしか出来ない。──だが、今の俺は違う。キリエ=フォン=ウィスタリアを敬愛する主君と思い、全てを捧げて付き従いたいと願っている。本当に、お前には俺の持つ全てを捧げても構わないと思っているんだ。表面的なものではなく、俺が心の底から願っている、俺自身の強い意志だ。……それは、信じてほしい」
「信じています。……聖書に書かれていること以上に、君の言葉は真実であるのだと、そう思える程度には、僕はリアム=サリバンを信じています」
キリエの中で最大級の信頼を示す言葉だ。それが伝わったのか、夜霧の騎士は安堵と幸福を混ぜた微笑を浮かべる。
「君の言葉を信じましょう。僕は銀髪銀眼、そして詳細は不明ではありますが謎の抑止力を持っている。その強みを活かしながら、まずは一般国民への広報活動を行ってゆく。──当面の計画は、それで合っていますか?」
「ああ、そうだ。──だが、まずは御披露目の儀だな。キリエという庶民派王子が出現した事実を、広く知ってもらわなくては」
主従は強い視線を交わし合い、互いにしっかりと頷いた。




