【2-31】おめでたい話
招待客一同が玄関へと移動すると、真顔のドアマン二人が「いらっしゃいませ」と一礼してから大きな扉を開いてくれる。ドアの先にはメイドが二列に分かれてズラリと並び、硬い表情のまま「ようこそいらっしゃいました」と声を揃えた挨拶および一礼をして出迎えてくれた。
どの使用人にも表情があまり無く、冷たい印象を受ける。エレノアも無表情気味ではあるが、冷徹な雰囲気があるわけではない。彼女と比較すると、ここの使用人たちは無機質な空気を纏っていた。
「王子様方、王女様、側近騎士様方、お待ちしておりました。マデリン様がお待ちの応接間までご案内いたします。どうぞ、こちらへ」
メイド長と思われる女性が一歩前に進み出てそう述べてから、静かに歩き始める。ジェイデン・キリエ・ジャスミンが並んで続き、その後ろを各側近たちがついていった。
屋敷の中はとても広く、見るからに高価そうな調度品がこれでもかと飾られており、絨毯やカーテンも上質なものだろうと一目で分かる豪華さだ。華美な空間への苦手意識が拭えないキリエは、妙な気まずさを抱えながら黙って歩く。
屋敷の南端まで進むと、既にドアが開かれている状態の部屋へ到着した。綺麗に整えられている庭がよく見える大きなガラス窓が立ち並び、陽射しがたっぷりと注ぎ込まれている部屋の中央には立派なテーブルがあり、その四辺それぞれに豪華な造りの椅子が置かれている。大きな絵画や石像、沢山の花々など、とにかく豪勢なもので華美に飾り立てられている一室だった。
「どうぞ、お入りくださいませ」
メイド長に促されるまま一同が入室すると、勝気な笑みのマデリンが待ち構えている。彼女の隣には、先日の面談のときにもいた騎士の姿。マデリンから直接紹介されたわけではないしリアムに確認したわけでもないが、この場にいるということは、やはり彼がランドルフ=ランドルフなのだろう。
ランドルフはキリエ──というよりは、その後ろに立つリアムを見て、居心地の悪そうな表情を浮かべる。二人の間に何かあるのかと疑問を抱いたところで、マデリンが声高らかに話し始めた。
「ごきげんよう、皆さん。よくおいでくださいましたわ。さぁ、まずはどうぞお座りになって」
「はいはい、大げさな招待に一応は感謝しておくのだよ」
「ありがとう、マデリン。ご自慢の菓子職人によるお菓子が楽しみだわ」
ジェイデンとジャスミンが慣れた様子で着席してゆく。余っている席へと移動し、キリエもマデリンへ挨拶をした。
「ご丁寧にお招きいただいてありがとうございます、マデリン」
「いいえ、とんでもない。……ふふ、楽しんでいってくださいな、キリエ」
そう言って、マデリンは意地の悪さが滲み出ている微笑を浮かべる。言葉と表情が、まるで合っていない。やはり何か企んでいるのだろう。キリエは緊張しながらも、リアムが引いてくれた椅子へ座った。
主たちが着席し、各騎士たちはその斜め後ろへ控えるようにして立つ。──いよいよ、茶会の開始だ。
「改めまして、皆さん。本日はお忙しいところ足を運んでいただいて、ありがとうございます。兄弟の親睦を深める目的のお茶会ですけれど──、ライアンは不参加だそうですわ」
自分がいる茶会になど出たくはないということなのだろうかと内心で不安に思ってしまったキリエの表情を目敏く読み取ったのか、マデリンがわざとらしい笑顔を向けてくる。
「あら、そんな顔をしなくてよろしくてよ、キリエ。ライアンが不参加なのは貴方のせいではありませんわ。……そう、ジャスミンのせいですもの」
「……えっ?」
思わず戸惑いの声を上げるキリエの向かいでは、ジャスミンが細い肩を震わせた。ダリオが彼女の両肩へそっと触れると、ジャスミンは小さな深呼吸をする。そんなジャスミンの様子を見て、ジェイデンは鋭い眼差しでマデリンを射抜いた。
「マデリン、先日の一件でまだ懲りていないのか?」
「何のお話かしら? ワタクシはただ、事実を述べたまでですわよ。それも、内容は茶会への不参加理由ですもの。何か問題があるとは思えませんわ」
「君の性格には大いに問題があるのだよ!」
「いいの、ジェイデン。わたしは大丈夫よ。ありがとう」
ジェイデンの怒りが沸騰するのではなかろうかというところで、ジャスミンが間に入った。
「マデリンも、ありがとう。でもね、ライアンから嫌がられていても、わたしはライアンに会いたいと思うし、好きって思うわ。だから、マデリンからそういう風に言われても、わたしはライアンを嫌いにならないの」
「……あんな男のこと、嫌いになったほうが貴方のためになりますわよ」
「そうかもしれないけど、無理だわ。……ごめんね、マデリン。ありがとう」
ジャスミンの「ごめんね」と「ありがとう」には嫌味などは一切無い。心からそう思っていると伝わってくる、素直な言葉だった。マデリンは不満と気まずさが出ている表情をしながらも、それ以上は反論も追及もしない。
兄弟たちの今の会話を聞いていたキリエは、混乱していた。一見すると、マデリンがジャスミンに意地悪な言葉を投げつけているように思えたが、ジャスミンの反応を見ると一概にそうとも言い切れない何かがあるようにも感じる。
しんと静まり返っているその場を仕切り直すように、マデリンは小さな咳をした。勝気な微笑を取り戻した彼女は、キリエの方を見据えてくる。今度はこちらに何らかの矛先が向かってくるのだろうと、キリエは密かに身構えた。
「お茶をお出しする前に、ひとつ、おめでたい発表をさせていただきますわ。ご安心なさって。今度は本当に、単純におめでたい話ですの」
とても安心する気にはなれないような顔つきのマデリンの横で、ランドルフが小さく身じろぎする。少々間抜けではあるが、案外人の好さそうな面立ちの彼は、この場から逃げ出したがっているようにも見えた。
「それでは、発表しますわね。……こちらのランドルフの妻が、懐妊したんですって」
その事実が明かされた瞬間、キリエの後ろに立つ騎士の気が激しく乱れた。




