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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第2章
47/335

【2-29】共に歩もう

 ◇



「リアム、ありがとうございました。……父と呼ぶのはまだ違和感がありますが、先代国王陛下がどんな方だったのか、少し分かったような気がします」


 語り終えたリアムへキリエが礼を言うと、相手は気にするなというように首を振る。


「わたくしも、幼い頃に何度か先代国王陛下をお見かけしただけですけれど、とてもお優しい方だったと記憶しておりますわ。あたたかい雰囲気の御方ですわよね」


 キャサリンの言葉にリアムも頷いて同意し、言葉を添えた。


「そうだな、やわらかくて温かい御方だった。公務にもあまり参加されず、正妻もお決めにならず、という反感を買いかねないことをされていても、何故か憎めない雰囲気が醸し出されている御方だったな。むしろ、先々代の国王陛下の方が、国政にも積極的に参加していたが憎まれていたという話を聞く。実際、なかなかの悪政だったようだから仕方ないだろうが」

「そうなのですね……」

「もしもライアン様が御即位なされたとしたら、先々代国王陛下と同じ轍を踏まれてしまうかもしれないという懸念も一部から上がっているな。まぁ、危うさで言えばマデリン様も同程度なのだが。……というわけで、話をマデリン様の茶会へ戻そう」


 話題を元へ戻そうとするリアムへ、キリエも頷きを返す。夜霧の騎士は手紙へ視線を落としてざっくりと走り読みをしてから、再びキリエを見つめてきた。


「招待の文面自体は、淡々としたものだ。悪意が前面に出ているわけではない。だからといって、歓迎の気持ちが滲み出ているわけでもない。──つまり、本当にお前を歓迎している茶会とは考えづらい。何か裏がありそうだ」

「そうでしょうね。先日の面談での彼女の様子からして、僕を嫌っているのは明らかです。わざわざ好意的な歓迎をしていただけるとは、思えません」


 マデリンからは、お前が気に入らない、お前なんか嫌いだ、という明確な悪意をぶつけられたのだ。キリエは差別的な視線を受けたことはあっても、侮蔑の目を向けられた経験は初めてだった。あの衝撃は、忘れられそうにない。


「どうする? 先程も言ったが、今のキリエの立場であれば断ることも可能だ。見え見えだろうが、所用があるという理由で躱せるだろう」

「……いえ、僕は参加しようと思います」


 キリエの言葉にリアムは目を瞠り、ジョセフ・キャサリン・エレノアの三名も静かに驚きの表情を浮かべた。皆、キリエが辞退したがると思ったのだろう。


「キリエ、──本当に、いいのか?」

「はい。……確かに、マデリンは何か企んでいるのかもしれません。でも、彼女が次期国王候補の一人であり、次期国王の座を一番に欲している人であるのなら、いずれ腹を割っておはなししなければならない相手となります。ここで逃げてしまうと、いつか真正面からぶつからねばならないときに弊害となってしまう気がするのです」


 真剣な表情でキリエが言うと、リアムはますます驚愕を露わにした。


「正直、驚いた。──キリエ、ここ一週間ほどで本当に随分と逞しくなったな」

「君がいるからです。リアムが絶対的な味方として傍にいてくれるから、僕は自分でも驚くくらい大胆な行動を選択できます。……でも、」

「でも? ……どうした?」


 キリエが口ごもりながら言葉を濁すと、リアムが優しく先を促してくる。これからキリエが告げようとしている不安について、おそらく彼は「心配するな」と笑って言うのだろう。それを分かっているからこそ、キリエの胸は苦しくなった。

 けれど、言わないわけにもいかない。意を決し、キリエは言葉を紡いだ。


「おそらく、マデリンは何らかの手段で僕に恥をかかせたり、辛い思いをさせたいのでしょう。僕はそれでも構いません。……でも、側近として同席してもらうことになるリアムが嫌な思いをすることになるかもしれません。僕は、それが心配です」

「なんだ、そんなことか」


 案の定、夜霧の騎士は笑顔を浮かべる。


「俺だって、何があっても構わない。どんなことがあっても、俺はキリエの傍にいて守る。その覚悟は出来ているし、俺自身がそうしたいと望んでいる。だから、気にしないでくれ。お前が進むと言うのなら、俺も同じ道を歩もう」

「……無理はしないでくださいね」

「ああ、分かっている。そして、それはむしろ、俺からキリエに言いたいことでもあるな」


 冗談めかして言うリアムに、キリエは微笑と共に頷きを返した。これ以上の押し問答は無駄だと分かっている。キリエもリアムも互いに同じくらい相手を信頼しているし、尊重しているのだ。だからこその平行線は、ある程度は仕方がないのだろう。


「では、明日の茶会には喜んで参加させていただく、という返事を書いてエドに届けてもらおう。──その前に、昼食にしようか」

「そうですね。……キャシー、あと、ジョセフとノアも、お待たせしてしまってすみません」


 使用人たちは首を振って一礼し、気にしていないことを伝えてくる。そして、キャサリンは柔和な笑みを深めた。


「それでは、御食事を運ばせていただきますわね。本日は、食後に檸檬のタルトもご用意しておりますわ」

「タルトか! いいな、楽しみだ」


 実は甘党らしいリアムが嬉しそうな声を上げ、そんな彼の様子を見たキリエもまた幸せそうに笑うのだった。

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