【2-19】騎士として 友として
キャサリンが温めなおして再度出してくれたミルクシチューを、キリエは今度こそ純粋に味わった。やはり、今までに食べていたシチューもどきとは比べ物にならないほど濃厚だが、家庭料理が好きだと言うだけあって、キャサリンの味付けは素朴で優しい。
「改めて、とても美味しいです。具材もとても柔らかいので、固形物を噛みしめている感覚が少なくて食べやすいですし。ありがとうございます、キャシー」
「勿体ない御言葉をいただいて恐縮ですわ、キリエ様。しばらくは、お腹に優しくて柔らかいお料理をお出しするようにいたしますわね。急に慣れないものばかりを召し上がると、胃腸が驚いてしまうと思いますので」
「ありがとうございます。お手数をおかけして、すみません」
「とんでもございませんわ。……キリエ様が笑顔で召し上がってくださって、本当に良かった」
しみじみと呟くキャサリンの言葉に、パンをちぎっていたリアムも黙って頷く。傍に控えているジョセフも、やはり声は出さないまま、ゆっくりと頷いた。
「急に取り乱して、ご心配をおかけしてしまって、本当に申し訳ありませんでした。今後はきちんとするように、気を引き締めますね」
目の前の彼らをよほど心配させてしまったのだろうとキリエが謝罪すると、リアムはスプーンを置きながら首を振った。
「謝ってもらう必要は無いし、今後もキリエの気持ちを聞かせてほしい。少なくとも、この屋敷の中では、気を張らなくていい。素直な自分を晒け出せる場所は必要だ。キリエの場合は、特に」
「──僕は、特に?」
「ああ、そうだ。キリエは嘘はつかないが、だからといって自分の気持ちを前面に出してくるわけでもない。今後、ただでさえ気を張らなくてはいけない場面が増えていく。此処でくらい、気を緩めていてほしいからな」
見透かされてしまった気分になったキリエは言葉に詰まり、スプーンを置く。そして、正面から視線を送ってきている藍紫の瞳を、まっすぐ見つめ返した。
「……そういうリアムは、どうなんですか?」
「俺?」
「リアムの方こそ、随分と我慢強くて素の自分を出していない気がします。さっきだって、痛かったくせに全然平気って強がってましたし。君だって、気を緩めておく場所が必要だと思うんですけど」
リアムはきょとんとした表情でキリエを見つめた後、愉快そうに声を上げて笑う。当主が楽しげにしている姿を見て、ジョセフとキャサリンも口元を綻ばせた。
「あははっ、キリエは本当に優しいな! 俺のことまで心配してくれていたのか」
「そ、そりゃあ、心配しますよ。すごく無理してそうに見えるので……」
「そんなことはない。階段から落ちたときのことも、確かに痛みが皆無だったわけではないが、無理をして我慢していたわけでもない。あのくらいの転倒や痛みは、騎士として鍛錬していたら日常茶飯事だ。……なぁ、ジョセフ?」
話を振られたジョセフは綺麗な姿勢で会釈し、にこやかに答える。
「左様でございますね。先程のリアム様は強い痛みを耐えていらっしゃるというわけではなさそうでしたので、我々使用人も必要以上に心配しなかったのです。リアム様の御言葉通り、この御方は日頃から心身を鍛えていらっしゃいますし、剣技の鍛錬をしている以上、多少の怪我や傷みは付き物です。だからといって、問題があるほどの痛みや傷があるようでしたら、流石に私も進言いたします。ですから、先程のことは、そこまで御心配なさらずとも大丈夫でございますよ、キリエ様」
ジョセフは剣の師として、リアムが幼い頃からずっと見守ってきているのだ。リアムの状態や調子は、手に取るように分かるのだろう。そんな師匠が言うのなら間違いがないはずだと、キリエは「分かりました」と納得することにした。
「それに、有難いことに、俺はキリエの前では随分と気を緩ませてもらっている。本来であれば、主君の前では一番気を張っているべきなんだろうけどな」
そう語るリアムの声音は、とても穏やかだ。
「無論、キリエに危険が及ばないかどうか、そういった点に関しては常に気を引き締めている。だが、お前の前では、不思議と素の自分を晒け出せているんだ。──だから、キリエに対して、そういった存在の友でありたいと思っている」
「お友達として?」
「そうだ。主従としてというのは勿論だが、友人としても。主君に仕える騎士として、共に大きな目標を掲げている友人として、同じ屋根の下で暮らす身内として、そうありたい」
その言葉は、キリエを大いに喜ばせる。リアムが自ら友人関係を示してくれるのは初めてで、彼もまたキリエと同じ気持ちでいてくれてるというのが嬉しい。
「僕も、君が傍にいてくれるときは、随分と気が緩んでいると思いますよ。……ありがとうございます。改めて、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼む」
笑顔での一礼を互いに交わし、二人の昼食時間は和やかに過ぎていった。




