【4-65】エピローグ
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──カイン征伐戦から、二十年の時が過ぎた。
この戦いにおいて、ウィスタリア陣営は多少の負傷者は出したものの死亡者は無く、大勝を収めた。ウィスタリア三国が協力しあったこともあり、戦後の様々な復旧も速やかに行われ、歴史に刻まれる勝利となった。
ウィスタリア王国内外の情勢は大きく変わり、国王ジェイデンによる治世は国民の幸福度を大幅に上昇させている。餓死率および失業率は徐々に下がり、逆に識字率は右肩上がりだ。
ジェイデンは、妃プリシラとの間に二男一女をもうけ、子どもたちの教育にも熱心だった。その賜物か、どの王子も王女も慈しみ深く、国民の安寧を心から望む人間へ成長している。
両隣国との国交回復も上手くいっており、互いの国民の移住受け入れも進んでいる。技術交換や貿易も順調だ。イヴとアベルは征伐戦後すみやかに魔国へ戻っていき、それ以降、彼らからの接触は何も無い。互いに干渉しないという約束は果たされているのだろう。妖精人も同様に接触は無く、ウィスタリア王国側も約束通り彼らをそっとしておいている。
長年宰相を務めていたコンラッドは八年前に他界し、その後はライアンが宰相として良い働きをしていた。元は罪人であったライアンを宰相に据えることに抵抗があった者も多かったようだが、彼の仕事ぶりを見て手のひら返しした人間が多く、今は誰も異を唱えない。貧民だけではなく富裕層にも不公平が出ないよう気を配っている政治は、後世まで語り継がれるものとなった。
ジャスミンはカイン征伐戦後すぐにモンス山岳国へ嫁いでいき、頭領チェットとの間に六人の子どもをもうけた。彼らの結婚は三国の平和の象徴として祝福され、自然豊かな土地での伸び伸びとした生活はジャスミンの気性にも合っていたようで、なかなか里帰りしようとしないほど幸せに暮らしているようだ。
マデリンは、ジェイデンとプリシラの第一子が生まれた際の恩赦として幽閉塔から釈放された後、教会を建て、自らもシスターとして働いた。彼女の教会では孤児の受け入れは勿論のこと、失業者の手助けや、肉親等からの虐待から逃げようにも行き場の無い者たちにも救いの手を差し伸べるなど、献身的に活動している彼女はいつしか「罪深い姫君」から「愛される聖女」へとなっている。
──そうして兄弟たちが順調に各々の道を進みながら少しずつ老いていく中、キリエの身には、そしてリアムの身には、何の変化も訪れていなかった。
◇
「何年か前まで、このお屋敷も賑やかでしたよね」
夜明け前のサリバン邸の食堂にて、二十年前と何ひとつ姿が変わらないキリエは懐かしそうに目を細める。同じく全く老いることがないリアムも、穏やかに微笑んで頷いた。
「ああ、そうだな。毎日毎日、エドの騒ぐ声が聞こえて、それを嗜めるジョセフがいて、元気よく働くセシルがいて、静かに黙々と仕事をするノアがいて、皆でキャシーの作る食事を楽しんだ」
「楽しかったですよね」
征伐戦から五年ほど経った頃、王国騎士は貴族でなくともなれるという決まりに代わり、マクシミリアンはオールブライト家を捨て、キャサリンと結婚した。結婚後もキャサリンはサリバン邸に通って料理人として勤めてくれていたのだが、子どもを授かってからは子育てに専念してほしいとキリエやリアムが促したため退職した。
エドワードは十年前にアルス市国へ移住し、リツの保護下で執筆活動をしている。彼が綴る素朴で優しい文章は、研究疲れが募っているアルス市国民から評判が良いらしい。また、人生を共にする相手は婚姻や親子関係に囚われなくても良いはずだと云うリツの主張を体現した家族関係として注目を集めながらも、穏やかに暮らしているようだ。
ジョセフは三年前に病死した。終盤は苦しい闘病生活であっただろうが、キリエとリアムが頻繁に顔を見せる度ににこやかに迎え入れて喜んでくれた彼は、幸福に満ちた穏やかな顔で逝った。
ジョセフが亡くなった時点で、リアムはサリバン邸の住み込みの使用人を解雇した。といっても、それを無理強いしたわけではない。セシルはちょうどマリウスの店を受け継がないかと誘われており、エレノアも故郷の若君の自我が戻りかけていたため帰郷を迷っていた。リアムが二人の背を押し、彼らを解放したのだ。それ以降は、通いの家政婦を複数名雇って乗りきっていた。
──サリバン邸を閉める準備をしていた理由は、キリエとリアムの不老にある。キリエの身に性別変化は起きていないが、やはり長命と不老ではあったようで、その影響はリアムにも及んでいる。
キリエが半妖精人という事実は世に広まっているのだから不老であっても不思議はないだろうが、リアムはそうはいかない。そろそろ「若作り」では通用しない年齢になっており、世の中も平和に落ち着いていることもあり表舞台から消える話をまとめてきた。
そして、本日が旅立ちの日だ。
「急死したことにするのだから、皆驚くだろうな」
「そうですね。……でも、きっとジェイデンが上手く取り纏めてくれますよ」
キリエとリアムは妖精人の森で暮らす予定でルース地方へ旅立つのだが、世間的には急死したことにしてもらう。一時は混乱も起きるだろうが、最終的にはそれが一番、安寧な収束になるだろうと判断してのことだ。
その事実を知るのは、ジェイデンとマクシミリアンだけだ。他の兄弟にも、彼らの妻たちにも秘めておいてもらうため、二人は苦労するかもしれない。しかし、魂結びの件を知っている彼らは、淋しそうな顔をしながらも快く面倒事を引き受けてくれた。
「……ん? 屋敷外に誰か来たな」
「えっ? 家政婦さんたちはまだ来ませんよね」
「ああ」
キリエとリアムは顔を見合わせ、二人そろって玄関へと移動する。外に停けられているのは、音からして自動車だろうと思われた。アルス市国から伝わってきた発明品のひとつだが、これはまだ相当な上位階級しか持てない逸品のはずだ。外の気配を探っていたリアムは、戸惑い気味にキリエを見下ろした。
「陛下とマクシミリアンだ」
「ジェイデンとマックス……?」
「とりあえず、開けるぞ」
呼び鈴が鳴らされる前にリアムが扉を開けると、それは予想通りだったらしいジェイデンとマクシミリアンはするりと入室し、すぐさま扉を閉める。もしも通りすがる者がいたら、と警戒しての行動だろう。二人とも暗めの衣服で変装していることから、お忍びで訪れたのは確かなようだ。
「ど、どうしたのですか、ジェイデン、マックス。昨日、お別れはしたはずなのに……」
昨夜、キリエとリアムは王城を訪れ、目の前の二人と涙の別れをしてきたのだ。しかし、年齢相応の加齢を滲ませた金髪の主従は、揃って目を潤ませながら首を振った。
「嗚呼、何年経っても愛らしい銀の小鳥よ! 一度や二度お別れをしたからといって、もうお別れをしなくてよいというものではないのです!」
「その通りだ! 愛しい兄弟、君の葬儀を執り行わねばならない僕の哀しさを、君が生きていると知りながら易々と会いには行けない僕の悲しみを、君は分からないというのか!」
四十歳間近になっても知的な美しさは損なわれていないジェイデンは、幼子のように顔をくしゃりと歪め、キリエを抱きしめる。キリエも、弟をそっと抱き返した。
「ごめんなさい、ジェイデン。君には苦労を掛けてしまいますね」
「苦労など、どうでもいい。ただ、ただ、君に会えないのが辛いだけだ。今の王国は、君と一緒に作り上げてきたというのに」
「ええ。……でも、僕たち二人だけの力ではないでしょう? 僕の思想を引き継いで、この国を、民を、愛しく思ってくれる人は、沢山います。大丈夫ですよ」
兄弟が抱擁している横で、マクシミリアンはリアムの肩を叩き、軽く抱く。
「とうとう行ってしまうんだね、親友」
「ああ。……面倒なことを押し付けてしまうが、どうかよろしく頼む」
「そんなこと。……君たちの行く末が、平穏で幸福な日々であることを祈っているよ」
「ありがとう。……お前も、キャシーや子どもたちと幸せに」
「うん、ありがとう。どうか、忘れないで。私も、陛下も、みんなも、これからもずっとずっと君たちが大好きだよ」
別れは名残惜しいが、そろそろ出発しなければならない。キリエはジェイデンから体を離し、外套の頭巾を深くかぶる。リアムも、頭髪を隠すための帽子を目深にかぶった。
「それでは、そろそろ本当にお別れです。陛下、マクシミリアン、どうか御元気で」
「ジェイデン、マックス、今までたくさん助けていただいて、ありがとうございました。どこかでこっそり再会できる日を夢見て、お互いに元気で頑張りましょう」
「うん。キリエ、リアム、今まで本当にありがとう」
「キリエ様、リアム、どうか良い旅路でありますように」
さようなら、とは誰も言わなかった。
名残惜しげな二人の視線を振り切り、キリエとリアムは「いってきます」と言い残して外へ出る。
冬の夜明けの刻限。空が少しずつ白んでいこうとしている様と冷えた空気は、かつての征伐戦を思い出させた。しかし、キリエは軽く首を振ってその記憶を取り払い、リアムを見上げて笑う。
「さぁ、行きましょう。リアム、僕たちの新しい人生が始まりますね」
「ああ、そうだな。……俺はもう、リアム=サリバンではない。夜霧の騎士でもない。ただのリアムだが、よろしくな」
「ふふっ、奇遇ですね。僕も、もうキリエ=フォン=ウィスタリアではないし、聖なる銀月でもないのです。ただのキリエですが、末永くよろしくお願いします」
「ああ、この命が尽きるまで」
「ええ、この鼓動が止まるまで」
キリエとリアムは満面の笑顔を向け合い、どちらからともなく握手した。
そして、手を離し、前を見つめ、降り積もる白雪へしっかりとはじめの一歩を刻み込むのだった。
【夜霧の騎士と聖なる銀月 完】
「夜霧の騎士と聖なる銀月」はこれにて完結となります。
約1年8ヶ月をかけて、約80万字を書き上げました。
ここまでお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。
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