【4-62】カイン一行 到着
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まだ日は昇っていないが、夜闇の中に薄らと光が混ざり始める──夜明けの刻。王城前の大広場には兵たちが各々の定位置に着き、城門前の国王と王弟へ注目していた。
ジェイデンは拡声器を口元に宛て、皆へ向かって凛とした声音で呼び掛ける。
「諸君! 我々の敵は、もう目前まで迫っている。もはや、何の言葉も必要無かろう。己を信じ、仲間を信じ、未来を信じ、全力をぶつけるのみ。そうだろう、諸君!」
ジェイデンの言葉に呼応した咆哮が、いくつも湧き上がった。恐怖で顔を引きつらせているような者はおらず、何があろうとも勝利を欲しているといった面構えが並んでいる。
すると、そこに伝令兵が飛び込んできた。皆の注目が彼へと移り、衆目を浴びている伝令役の騎士は声を張り上げた。
「ご報告申し上げます! カイン一行はあと数分で此方へ到着する模様!」
一瞬大きなざわめきが起きたものの、すぐに緊張感に満ちた静けさが広がる。皆、覚悟は出来ているのだ。
プシュケがキリエの肩を抱き、マクシミリアンはジェイデンの傍で双剣の柄に両手を掛けた。城門前から大広場までは階段で繋がっており、キリエたちがいる場所からは大広場が一望できる。キリエがリアムの姿を探すと、夜霧の騎士が他の騎士たちに紛れるようにやや腰を落とした姿勢で潜んでいるのが確認できた。彼もキリエを気にしているようで、距離があるながらも視線が交わったという実感があった。
「諸君、最後にもう一度、気合を入れておこうか! 我らに勝利を!」
拳を振り上げて声を張る国王に鼓舞され、兵士たちも「我らに勝利を!」と雄叫び混ざりの声を合わせる。
「いいぞ、諸君! 次回の唱和は、我々の勝利を祝すためのものだ!」
存分に士気が向上し、大広場内の熱気が最高潮となったそのとき、一筋の冷気がその場に割り込んできたような、そんな感覚を一同は共有した。思わず背筋が凍るような悪寒に、皆は静まり返る。
──すると、その静寂を割く、馬の蹄鉄が地を鳴らす音が複数聞こえてきた。そして、間を置かずに姿を現したのは、緑色の毛髪を風に靡かせた五名と、彼らに捕らわれているマデリンだった。
「やぁ、どーも、どーも。皆さん、お揃いで。さっきまで随分と楽しそうに盛り上がってたみたいなのに、こーんなにシーンとしちゃって、どうしたの? 何、僕の登場がシラけさせちゃったわけ?」
先頭の男がカインであり、彼の馬に共に乗せられているのはマデリンだ。かなり衰弱しており、遠目にも傷だらけだと分かる満身創痍の状態ではあるが、マデリンは生きている。他の四名の魔族はいずれも女性であり、小馬鹿にした表情で人間たちを眺めていた。
「カイン殿御一行。ようこそ、我がウィスタリア王国へ。当方の身内の返還のためにわざわざ足を運んでもらうことになってしまい、誠に申し訳ない」
まったく怯まずに言葉を返すジェイデンの姿に刺激されたのか、兵たちは落ち着きを取り戻してゆく。そして、兵たちが囲っているものの、それなりの広さで空間のある大広場の中央まで進み出たカイン一行は地に降り立ち、邪魔だと言わんばかりに、今しがたまで乗っていた馬の胴を蹴る。驚き嘶いた馬は、それぞれ違う方向へ駆け去り、何名かの兵が避けきれずに飛ばされて負傷した。その様子を見て、カインは嗤い声を上げる。
「あははっ! 馬に蹴飛ばされた程度で怪我しちゃうなんて、人間って云うのはつくづく弱くて無能で残念な生き物だねぇ。魔術があれば、未然に防げるか、一瞬で治せる怪我なのに」
「確かに、我々は弱い生き物だ。そんな弱い生き物である我が姉をここまで無事に送り届けてくれたことに、感謝しよう」
ジェイデンは苛立ちひとつ見せず、にこやかにカインへ言葉を送った。無論、腹立たないわけはないだろうが、ここは己の感情を飲み込んで平静を装うべきだと弁えているのだ。
挑発に乗ってこないジェイデンに対し少々白けた顔をしたカインは、乱暴な動作でマデリンを突き飛ばした。比較的近くにいた王国騎士部隊から二名が駆け寄り、すぐさま彼女を保護する。このまま医務室へ運ぶのだろう。
それを大して興味も無いような目で見送りつつ、カインはつまらなそうに言った。
「ふん。──約束通り、人質は返してやるさ。ひとまず、一度はな。此処にいる人間どもを嬲り殺した後、その光景を見せながら、あの女を弄んでやるさ。ははっ、兄弟の死体の横で犯してやったら、どんな風に発狂するかなぁ! 楽しみだ!」
あまりにも酷い発言内容に、キリエは怒りで握り拳を震わせる。しかし、迂闊にこの場を動くわけにも、発言するわけにもいかない。そっと怒りを押し止める孫の肩を、妖精人の長老が強く抱き込んだ。
「おい、お前たち。どこに運ばれてるのか知らないけど、マデリンは殺すなよ。殺戮中でも、それは気をつけるように」
カインの言葉に対し、取り巻きの四人は「仰せのままに」と声を揃えた。彼女たちも表情の変化が乏しいので、魔族は顔に感情が表れないのが基本で、それが露わになっているカインのほうが珍しいのかもしれない。
「ああ、そうだ。あと、イヴも殺すな。アイツは、僕の遺伝子と組み合わせるべき女だ。一番多く産ませなきゃいけない奴だから、健康体のまま捕らえるように」
取り巻きたちは、やはり「仰せのままに」と繰り返す。城門寄りの位置にいるイヴとアベルは、わずかな表情の変化ではあるものの、不快感を前面に押し出しているようだった。
「愚かな人間たちが愚策を講じて僕の弟妹やら妖精人やらと手を組んだみたいだけど、僕の魔術の前では全くの無意味なんだよね。気の毒だけどさ」
クツクツと薄気味悪く笑ったカインは、じっとりとプシュケ、そしてキリエを見つめる。
「人間を滅ぼしたら、妖精人の女を吟味しに行くから待っててね。僕の子を孕むに相応しい女がいればいいんだけど。そこの半妖精人も、もしも女だったら味見くらいしてやってから捨ててもよかったんだけど、男じゃどうにもならないなぁ。サクッと殺すしかないよね」
キリエに対する侮辱を聞き、兵たちは憤怒を湧き上がらせた。向う見ずに飛び出して行く者はいないが、殺意と闘志を隠せていない。プシュケもまた、キリエを強く抱き込む腕を震わせながらも、怒りを抑えて口を引き結んでいた。
「あー、あー、あー。みんなヤる気満々じゃん? 殺されたくてウズウズしてるとこ悪いんだけどさー、僕もうちょっと話してもいい?」
どこまでも見下した顔をしている魔族の男を見下ろしながら、ジェイデンは冷ややかに笑う。
「ご自由に、どうぞ」




