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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第4章(最終章)
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【4-61】大勝か辛勝か

 ◆◆◆



 王都へ入る正門前にカイン一行の姿が確認できた。──その一方が入ったのは、あと一時間ほどで夜明けとなるときだった。

 大広間に集っていた皆は、黙ったまま立ち上がる。誰がどこで何をすべきか、それぞれが十分に把握している以上、あとは余計な言葉を交わさず、各々の集中力を高めるのみだ。

 そんな周囲の空気を感じ取りながらも、キリエはジェイデンにそっと話し掛ける。


「ジェイデン。リアムと話があるので、少し抜けても構いませんか? 城門へは直接向かいますので」

「ああ、分かった。構わないのだよ」

「おじいさまも僕と離れて単独では行動されないはずですので、僕が連れて行きますね」

「了解した。頼んだぞ、キリエ」

「はい」


 ジェイデンと話した後は、こちらの様子を窺っていたプシュケとリアムへ声を掛けた。


「おじいさま。リアム。少しよろしいですか? 隣の控室に一緒に来ていただきたいのですが……、隣は空いてましたよね?」


 リアムへ問い掛けると、彼は首肯しつつ答える。


「はい。本日は、隣の控室は何も利用しておりませんので、誰もいないかと存じます」

「良かった。では、行きましょう。その後、城門で皆と合流します。おじいさま、それでよろしいですか?」

「構わぬ。元より私は、そなたの傍を離れるつもりはない」


 予想通りの返答を寄越すプシュケと、やはり当然のように主君の意に沿って動くリアムを伴い、キリエは大広間横の控室へ向かった。リアムが言っていた通り、中には誰もいない。三人が入室し、しっかりと扉が閉められてから、キリエはリアムへ向かって手を差し出した。


「精霊の加護を君にも受け渡します。……手を」

「ああ、頼む」


 他に誰もいない場であることから従者ではなく家族の顔になったリアムは、素直に手を重ねてくる。自分よりもずっと大きな手を握り返し、キリエは己を守護してくれている精霊たちへ、リアムを護ってくれるよう心の中で念じる。すぐに、風の精霊と雷の精霊の力がリアムのほうへ流れていくのを感じた。リアムも同様に感じ取ったのだろう。彼は申し訳なさそうな声音で呟いた。


「すまない、キリエ。お前に負担を掛けてしまって」

「実際に最前線で剣を振るう君に比べたら、こんなこと負担だなんて言えません。……それに、普通の妖精人(エルフ)だったら何の負担にもならないようなことなのです」


 キリエは半妖精人(ハーフエルフ)であるうえに精霊の力を駆使できるようになって日が浅いため、精霊の加護を発動させている間、心身を消耗してしまう。だからこそ、こうして戦の直前にならなくてはリアムに力を与えることが出来ないのだが、完全な妖精人であればもっと前もって加護の付与が可能であり、今のキリエほど消耗せずともこなせるのだ。

 項垂れる孫の頭を撫で、プシュケは静かに言った。


「私が代わってやりたいところだが、リアムが受け取れる加護は魂結(たまむす)びをしたそなたのみ。そもそも、妖精人であろうとも、普通は人間に精霊の加護を託せないものなのだ。こういった形でリアムを助けられるのは、キリエだけだ。胸を張って誇りなさい」

「……はい、おじいさま」


 祖父へ頷くキリエからそっと手を離し、リアムはプシュケへ向かって深々と頭を下げる。


「プシュケ殿。此度の戦いへ巻き込んでしまっていることを人間側として心苦しく思っております。申し訳ない。──同時に、キリエの家族としてお願い申し上げたい。どうか、キリエのことをよろしくお願いいたします」


 プシュケは溜息を零し、真摯な男の肩を叩いた。


「頭を上げなさい。私がキリエを護るのは、当然のこと。そなたから願われるまでもなく、当たり前のことだ。……同時に、そなたを護るのも当然だ。何故なら、そなたの命はキリエに繋がっているからだ。それは心得ておるな?」


 リアムは頭を上げ、妖精人の長老をまっすぐに見つめて頷く。


「無論です。俺の命は、キリエと分かち合っているもの。俺は絶対に死にません。絶対に、キリエを殺したりしない」


 現在のリアムは、生に執着している。その執着は、確かな活力となっているのだろう。そう認識したプシュケは、満足気に頷いた。

 そんな妖精人に頷き返し、リアムはキリエの両肩へ優しく手を添え、銀色の瞳を覗き込みながら諭すように言う。


「キリエ。大広場まで行ったら、俺は別行動を取らなくてはならない。傍にプシュケ殿がいてくださるし、陛下やマクシミリアンもお前を気に掛けてくれるはずだ。決して無茶はせず、陛下の御指示に従ってくれ」

「はい、分かっています。独断で暴走したりしません」

「ああ。お前がそんなことをしないと、俺も分かっている。信じている。俺も命を投げ打つような真似は決してしない。信じてくれ」

「はい。僕はいつだって、君を信じています」


 純粋な眼差しと返答に一瞬目を細めたリアムは、再び表情を改め、真剣に言い添えた。


「……それと、もうひとつ。見たくないと思ったものは、見なくていい」

「えっ……?」

「俺たちは、全力でカインを殺しにいく。彼が連れている部下とも、おそらくは命の奪い合いになる。凄惨な光景になるだろう。見ているのが辛くなったら、目を伏せるか逸らすかするといい。無理して見るようなものではない」


 リアムの言葉を噛みしめるように聞いていたキリエは、しっかりと首を振る。


「いいえ。目を背けてはならないことだと、僕は思います」

「キリエ……」

「どんな結果になったにせよ、その場にいた者の責任として、こうして戦うための計画の一端に関わっている者の務めとして、ちゃんと見ておくべきだと思います。……そう思うからこそ、ジェイデンだって前線に立つのだと思うのです。しっかりと、この目に焼き付けます。──さぁ、行きましょう」


 そう促したキリエは、リアムが何か言い募ってくる前にと入口へ向かって歩き出した。主君に開けさせるわけにはいかないと慌てて先回りしたリアムが扉を開くと、──そこにはリツが立っており、真正面から夜霧の騎士を見つめている。


「リツ様……」

「あれっ、リツ? どうしたのですか?」


 気配に敏いリアムであれば扉の先にリツがいると察していた可能性は高いが、あからさまに此方へ視線を向けているとは思わなかったのか、菫色の眼差しを受けて少々たじろいでいた。そんな騎士の背後から顔を覗かせたキリエへ柔和な瞳を向け、リツは笑みを深める。


「どうも、キリエ。貴方がたに伝えておきたいことがありまして。──この戦い、我らの勝利は確信しています。こちらの軍勢が敗北することはないでしょう」


 その語り口を聞き、先読みの夢の件を知っているリアムはハッとして目を瞠った。キリエはきょとんとしている。


「それって、リツのいつもの占いですか?」

「ええ、そんなようなものです。……ただ、此方がどれほどの被害を受けての勝利なのかは分かりません。大勝なのか、辛勝なのかは不明です。ですから、十分に気をつけてください。それだけ、お伝えしたかったのです。では、互いに健闘いたしましょう」


 そう言って軽く頭を下げてから、リツは足早に去って行った。常日頃からゆったりとしている彼らしくない行動だが、己の持ち場へ着くまでの時間の猶予が無いのだろう。裏を返せば、時間が押していても伝えておきたい重要事項だったということだ。あるいは、これを伝えるか否かで戦況を左右するという「先読み」だったのかもしれない。

 いずれにせよ、慎重になったほうがいい。そして、ここぞという隙を攻め切らねば大事に至る可能性もある。──そう胸に刻み込みつつ、リアムは努めて冷静に「参りましょう」とキリエとプシュケを促したのだった。

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