【4-59】姫君の立場
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騎士たちに見送られて立ち去ったキリエが次に足を向けたのは、医務室だった。通常の医務室は医療班の要となる医師の詰所となっており、その周辺の部屋も負傷者を受け入れられる仕様に整えられている。
医務室へ顔を出すと、そこには医師たちの他にジャスミンとダリオ、そしてレオン、セシルとエレノアの姿があった。
「あっ、キリエ! あと、リアムも!」
キリエとリアムの来訪に気づいた水色の姫君は嬉しそうに二人へ近づき、その後ろからダリオとレオンが、更に後からセシルとエレノアが来る。
ダリオとレオンは自身の声で指示を出すのが難しいため、通常は手や腕の動きで己の部隊を指揮するのだが、王国騎士以外の部隊も入り乱れて混戦状態となる此度の戦においては前線から退いていたほうがよいだろうとの判断が下され、医療班の援護の任に就くことになっていた。
セシルとエレノアは、的確かつ速やかに行われる応急処置能力が買われ、戦闘にも対応できることから、ダリオたちと同様に医療班の手助けをするという手筈になっている。
ジャスミンには何か特別な役割が与えられていたわけではないのだが、側近騎士であるダリオと共に行動したほうが良いであろうと判断して此処にいるのだろうと思われた。
「ジャスミン、君はここでお手伝いを?」
「うーん……、そうよって胸を張って言いたいところだけど、そんなに役に立ててはいないわ。逆に、何もしていないに等しいかも。お医者さんたちの邪魔をしないように気をつけているの」
確かに、幼い頃から王族として何不自由なく育ってきた姫君が自ら傷の手当てをすることなど無いはずで、そんな素人が、時には一刻を争う事態になり得る医療現場で足手まといになりかねない行動は慎むべきだ。
「今回の戦いで、わたしの立場ってかなりお荷物なのよね」
「えっ? そんなことないでしょう。誰かに何か言われたのですか?」
「誰も何も言わないわ。というより、言いたくても言えないでしょ? ……わたしにも、キリエみたいに何か出来ることがあったらよかったんだけどね、何も無いんだもの。かといって、仮にも王族だから、避難地へポンッと放り込むわけにもいかないのよね。わたしはそれでもいいんだけど、周りが絶対に許さないわ。それに、わたしを避難地へ送り出すとしたら、ダリオの他にも護衛の騎士をたくさん付けなくちゃいけないでしょ? 貴重な戦力をそんなことで削るわけにはいかないし、かといってお城にいてもわたしに出来ることなんて殆ど無いもの。お荷物なのは事実だし、慰めはいらないからね?」
物憂げな溜息を零したジャスミンは、まさに慰めようとしていたキリエに釘を刺し、両手で頬を包みながら眉尻を下げる。
「みんなに迷惑かけたくないし、どうせなら地下牢にでも入れてくれていいと思っていたんだけど、それは絶対にダメってチェットが言うの」
「それはそうでしょうね……」
「彼があんなに血相変えるのなんて、初めて見たわ。何を心配しているのやら」
「……今のジャスミンは、ライアンと同じ場所に二人きりにされたとしても動じたりしないですよね。それはチェットも分かっていると思いますよ。ただ、それでも心配になってしまうんですよ」
ジャスミンは少し驚いたように菫色の瞳を瞬かせたが、楽しそうな笑い声を上げた。
「ふふっ。キリエはわたしのことなんでもお見通しなのね。さすがは、わたしの天使様だわ」
「えっ……、ま、まだそれを言うのですか、君は……!」
「冗談よ。もう、わたしに天使は必要ないもの。……でも、キリエは天使のような存在なのは確かよ。今回だって、みんなに頼られて慕われているわ」
そう呟く水色の姫君の声音は、どこか寂しげだ。ジェイデンやキリエが需要な役割を担っており、マデリンも人質として耐え忍んでおり、ライアンも牢に捕らわれているとはいえ度々相談に訪れる国王へ真摯に対応しているらしい。そのように兄弟たちが何らかの立ち位置で役目を果たしている中、自分だけが何もしていないような感覚になっているのかもしれない。
「横から失礼いたします。少々、発言をよろしいでしょうか」
不意に言葉を発したのは、セシルだった。キリエとジャスミンがそれぞれ頷いて促すと、彼は柔和な微笑と共に優しく言う。
「差し出口かもしれませんが、ジャスミン殿下が此処にいてくださって、ボクたちはとても心強いですし助かっています。レオン様やダリオ様の仰りたいことを瞬時に把握されて伝えてくださるので、指示を受ける側としてはとてもやりやすいです」
「自分も同感です。戦を前にして、どうしても殺伐とした空気が漂いがちですが、ジャスミン殿下の日頃と変わらぬ優しい御顔を拝見して心の緊張を良い意味で解している者も多いかと存じます」
セシルに続いてエレノアも賛辞を送ると、ジャスミンは「そんなこと……」と言って頬を染めつつも嬉しそうにしている。此処にいる意味を認めてもらえたのが、誇らしかったのだろう。
微笑ましいやり取りを見守りながら、リアムはレオンとダリオへ質問を投げ掛ける。
「レオンさん、お疲れ様です。ダリオも、お疲れ。医療班に何か不足している物や問題点など、新たに発生してはいませんか?」
「お、お、お疲れ、さま。と、特に、は、な、な、無い、かな。だ、大丈夫」
レオンの返答に添えるように、ダリオも首肯する。医師たちの様子も落ち着いており、確かに問題は無さそうだ。安定している雰囲気に水を差さないよう、長居は無用だろう。キリエも同じように考えたようだ。
短い挨拶と激励を互いに交わし合った後、キリエとリアムは医務室を後にした。




