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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第4章(最終章)
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【4-57】嵐の前の静けさ

 ◆◆◆



 決戦日である年末最後の日まであと三日となったとき、カインの進路になると予測した地点に潜んでいた斥候から、カイン一行の姿が確認できたという伝書が届いた。

 訓練された鳥が運んできた走り書きには、カイン一行は計六名であること、そのうちの一名がマデリンだと確認できたこと、通りがかりの牧場から盗んだ馬で一行が移動していることが記されている。あとは、馬を盗んだのは住人が寝静まっている深夜であり、今のところはカインたちと地域住民の接触は何も無く、魔族側も他の悪事はしていない、とも書き添えられていた。


 斥候として出している部隊には、敵側との交戦は避け、カイン一行の進路の先にいる民の安全を確保できるよう誘導せよ、と命じてある。どれだけ潜もうと魔術で見破られてしまう可能性もあるが、刺激しないに越したことはない。その効果があったか否かは不明だが、現時点では馬の盗難以外に一般国民の被害は出ていないようだ。


 マデリンの心身の状態がどうであるかが分からないが、カインは宣言通りの日時に王都へ登場し、約束通りに人質を連れてきたらしい。

 やはり彼は、イヴが語っていた通り、己の言葉を違えて騙すような真似はしないのだろう。自信があるからこそ、卑怯な手を駆使するのではなく、真正面から捩じ伏せたいのだ。カインが彼なりの美学と拘りを持っていなければ、ウィスタリア王国ならびに両隣国はとうの昔に滅んでいただろう。カインは波風立てず静かに王都を目指しているようだが、それは穏便にマデリンを送り届けているわけでは決してなく、この地を制圧し利用する楽しみを増幅させるために過ぎない。

 王都に残留している者たちは皆、身分や役職を問わず一様に、静かな緊張感と奇妙な高揚感を抱きつつ粛々と決戦へ向けての準備を整えていた。



 ──そして、いよいよ、決戦前夜となってしまった。



 カイン一行が王都にほど近い場所まで既に到達しているとの報告が、伝令兵により王城内にも届けられた。揃いの衣装を着たキリエとジェイデン、そしてそれぞれの側近騎士とコンラッド、リツ、チェット、イヴ、アベル、プシュケ──大広間に集って会議用の大きな卓を囲んでいた一同は、それぞれに視線を交わし合って頷く。


「報告、ご苦労。最後の調整や準備を行い、そのときに備えて心身の状態を整えておくよう、皆に伝えてくれるかな。おそらく、日が昇り始めると共に戦闘開始となるだろうから、実際に敵側と対峙するのはそれよりも少し早い時間となるはずだ。改めて出される招集時間を意識しながら備えておくように、と」

「はっ! 承知いたしました。失礼いたします」


 代表して指示を出したマクシミリアンに対し敬礼をした伝令兵は、その他の皆へ向けても丁寧に最敬礼したうえで、足早に去っていった。その姿が扉の向こうへ消えると、誰からともなく、いくつもの溜息が零れ落ちる。それは決して負の感情からのものではなく、「遂にそのときが来た」と改めて覚悟をするための吐息であった。


「皆、聞いていたな? とうとう、カインが間近に迫っている。──だが、不思議なほど、僕の気持ちは落ち着いているのだよ。皆はどうだ?」


 言葉通り穏やかな微笑で問い掛けるジェイデンに対し、すぐに首肯したのはリツとチェットである。


「私も同感です。我々が負けることはない、と確信しております」

「だな! オレたちが負けるわけにはいかねぇし、こんだけ段取り整えてるんだから、上手い具合に事が進んでいくだろうさ」


 勝利を確信している人間たちを見守る妖精人と魔族の姉弟は、やや慎重なようだ。


「たぶん、同じことをカイン側も思ってるはず」

「そうであろうな。余計な騒ぎを起こさず、ただまっすぐに目的地を目指してくる姿勢からは余裕を感じる」

「ぼくや姉様がこちらにいるって分かってるだろうに、全く気にしていないくらいには余裕なんじゃない。人数的に、まず間違いなくあの四人を連れてきてるんだろうなぁ」

「……あの四人?」


 アベルの言葉の中に引っ掛かりを感じたキリエが首を傾げて訊くと、アベルは焦らすことなく教えてくれる。


「カインが侍らせてる四人の女だよ。全員、姉様には及ばないけど、そこそこ強い魔力の持ち主だし、魔術を扱う技術力も高い。そのうえ、四人ともカインを心酔してる」

「……その四人は自分の意思で、自分で決めて、カインのことを信じているのですね」

「そうみたいだね。全く理解できない思考回路だけど」


 鼻白むアベルを横目に、キリエの胸中には複雑な感情がざわめいた。今更、カイン討伐にたじろいでいるわけではないし、覚悟を決めてもいる。ただ、操られているわけではなく、自らの意思でカインが正しいと考えている者も確かに存在しているのだという事実に、少々戸惑いをおぼえただけだ。──いずれにせよ、そんな感傷を抱いている場合ではない。自分の役目を、きちんと全うしなくては。

 気遣わしげな視線を向けてくるリアムへ大丈夫だと笑いかけるキリエを見つめるジェイデンは、ふとこんな提案をしてきた。


「キリエ、よければ城内外でそれぞれの役割を担って頑張っている者たちへ顔を見せて、声を掛けてあげてくれないか?」

「えっ?」

「キリエに励ましてもらえたら、皆の志気も上がるだろう。僕も皆の志気向上に努めるが、それは決戦前の勢い付けだ。その前に、君の優しい労いで皆の気持ちを癒し鎮めてあげてほしいんだ。無論、君が疲れてしまわない程度の範囲で構わないから」

「僕でよければ、喜んで。ジェイデンと比べたら、全然効果が無いようにも思えますが……、でも、皆さんとおはなししたいので、行ってきます」

「自信を持ちたまえよ、兄弟。君が思っている以上に、みんな君のことが大好きなのだ。……リアム、キリエの付き添いを頼んだぞ」

「はっ。御意のままに」


 ジェイデンからの唐突な提案は、キリエに気分転換をさせる意味合いも込めているのだろうと察したリアムは、感謝の気持ちを織り込んで丁寧に一礼した。

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