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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第4章(最終章)
324/335

【4-54】この手は

 ◇



 最後の合同訓練はおおむね成功を収め、負傷者もほぼ出さずに済んだ。

 プシュケは宣言通り、キリエとジェイデン、その側近騎士たち以外の身の安全に気を配っている様子は無いように見せかけて、彼らを守護する範囲内に入り込めそうな兵に関してはついでに庇ってくれる意思はあるようだった。

 アベルの魔石についても、効果の強さや範囲を確認するには十分だったようで、当日に備えて最終調整に入ると意気込んでいた。




「──君の手応えはどうでしたか?」


 サリバン邸に戻り、キリエの私室で茶菓子と共に休憩をとりつつ、キリエはリアムへ問いかける。向かいに座っている夜霧の騎士は、数度瞬きをしてからカップをソーサーへ戻し、静かに言った。


「そうだな……、カイン一行役となっていたのが新米騎士たちだったから、当日の動きの予想を詰められたわけではないが、悪くないものだったと思う。何より、プシュケ殿の協力のお陰でキリエの身の安全がより一層保障されたのが大きい。実際、あの方の護りは強固だ」


 妖精人(エルフ)の長老であるプシュケが駆使する精霊の加護は、キリエの比ではない。風の精霊の力を借りているのは同じとはいえ、威力も統制力も段違いであった。

 カインの腕を斬り落とす攻撃を仕掛ける際、リアムはどうしてもキリエの傍を離れなければならなくなる。キリエを通じて精霊の加護を受け、身体能力が向上するとはいえ、リアムが一瞬で主君の元へ戻れるとは限らない。その点が不安だったのだが、プシュケが傍で守護してくれるのならば、心配いらないだろう。リアムが命を落とせば孫も同様に死ぬと把握している妖精人の長老は、何が何でも二人を護ろうとするはずで、本日の訓練中の様子からもそれは窺えた。


「おじいさまにも、そして、避難地の守護へ赴いてくださる妖精人の方々にも、感謝しかありません。妖精人だけではなく、僕たちの声に耳を傾け、共に立ち向かってくださる全ての皆さんに、深く感謝を。願わくば、無事に乗り越えられますように」


 囁くように言って両手を組み祈るキリエをじっと見つめ、リアムは表情を引き締める。そして、キリエが祈りの手を解くと、重々しい声音で言葉を紡いだ。


「キリエ、いよいよだ。──カインが魔力温存のために通常の移動手段を用いて王都を目指してくるのであれば、そろそろ……、明日か明後日あたりにウィスタリア中大陸へ到着する頃だろう」

「……はい」

「覚悟は、出来ているか?」


 何の、などと訊くまでも無い。

 決戦の時を迎える覚悟、カインを討伐する覚悟、場合によってはカインの仲間の命を奪う覚悟、自陣から死傷者が出てしまうかもしれない覚悟、他にも諸々を含めた「覚悟」を問われているのだ。

 キリエは数瞬だけ瞳を閉じたが、すぐに意志の強い銀色の眼差しでリアムを見つめ返した。


「僕は、覚悟できています。命の奪い合いをするのだということも、──君に、兵士たちに、人を殺させてしまう、ということも」

「キリエ……」

「リアム。君は、覚悟できていますか? 僕が人殺しの手助けをするのだ、ということを」

「な……っ」


 リアムは目を瞠り、食い入るようにキリエを凝視した。


「何を言う! 俺は、お前に手を汚させるつもりは無い。他の誰かが強要しようとしても、それを止めてみせる」

「たとえ直接手を下すのが君だったとしても、君にそうさせるだけの力を与えるのは僕です。精霊の加護でリアムを強化してカインを討たせようとする僕は、間接的に人を殺めることになります」

「それは詭弁だ!」

「いいえ、事実です」


 交わる視線はどちらも強く、一歩も譲らない。双方うろたえることなく、相手の瞳を射抜き続けた。

 不意にキリエは己の顔の前に両手を掲げ、その姿勢のまま静かに語り出す。


「君は、この手は命を奪うものではなく、命を救うためのものであってほしい、と願ってくれました。確かに、僕もそうありたいです」

「そうだろう? そうであるべきだ、その手は……!」

「この手は、皆のために役立てたいです。皆を助け、皆のために祈る手でありたいです。──けれど、それ以前に、この手は、」


 キリエは、リアムの両手を掬い上げるように取った。


「この手は、君と命を分かち合っている手です。喜びも、哀しみも、君と分かち合う手です。善行も、罪も、君と分かち合うべき手です。僕のこの手は、そうでありたい。──それが、僕の正義です」

「キリエ……」

「命ですら分かち合っているというのに、罪や咎を全て君になすりつけたりなどしません。それは、僕の正義に反します。──君のこの手は、僕の正義を拒みますか? それとも、受け取る覚悟を決めてくれますか?」


 リアムの表情は、とても苦しげだ。残酷なことを言っている自覚は、キリエにもある。しかし、彼に、そして周りの人々に罪状を押し付けることこそ、更に無惨だ。

 唇を噛みしめながら思い悩んでいたリアムは、眉根を寄せながらも、キリエの両手を強く握り返した。


「……受け取るに決まっている。お前から与えられるものは、それが何であろうと、余さず受け止める。その覚悟は、ある。──だが、ひとつ、覚えていてほしい」

「……何ですか?」

「此度の戦でカインが死に、その要因の一端にキリエがいたとしても、お前が穢れるわけじゃない。それは決して、勘違いしないでくれ。お前の人間性が堕ちるわけでも、今まで抱いてきた優しく温かな感情が欠けるわけでもない。それだけは、決して忘れるな」


 祈るかの如くひたむきな藍紫の瞳を食い入るように見つめ返し、キリエはしっかりと頷いた。

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