【4-53】我らに勝利を
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「諸君、本日もこうして集合し、訓練に挑まんとしてくれていること、誠に大義である!」
大広場に集まっている兵たちに対し、ジェイデンは声を張り上げて労いの言葉を贈っていた。国王自ら訓練場所へ足を運び激励してくるとは思ってもみなかった一同は、背筋を伸ばして耳を傾けている。国王の隣には王兄であるキリエの姿もあるため、余計に緊張感が高まっているのだろう。
二人の横にはそれぞれの側近騎士が並び立ち、リアムの横には頭巾付の外套を身に纏ったプシュケが、マクシミリアンの横には同じく外套で身を隠したイヴとアベルが並んでいる。彼らが一体何者であるのか気にしている者も多く、姿勢を正しながらもそちらをチラチラと見ていた。
「さて、諸君。合同訓練を開始する前に、話しておかねばならないことがある。我々は、魔術なる未知の力との戦いに挑まねばならない。ただの人間である我々が束になって立ち向かったところで、どれだけ抗えるかは分からない。──そこで、心強い協力者に来てもらっている。紹介しよう!」
ジェイデンが両手を広げた瞬間、魔族の姉弟と妖精人の長老は身を覆っていた外套を脱ぎ捨てる。突如として現れた緑色、そして銀色の髪を見て、兵たちの間にざわめきが湧き上がった。怯えが混ざった声がいくつも上がっているのを聞き、国王は凛とした声を張り上げる。
「恐れるな! 彼らは、決して我らに仇為す存在ではない。こちらの御方は、プシュケ殿。妖精人の長老であらせられる、キリエの祖父君だ。こちらは、イヴとアベル。魔族ではあるが、カインを討つという同じ目標を持っているがゆえ、我々に様々な知識をもたらしてくれている」
一同は、おそらくプシュケのことは自然と受け入れられるのだろう。妖精人の特性もあるうえに、国民の大多数からの支持を得ているキリエの祖父という身元の安心感があるからだ。
しかし、敵として認識しているカインと同種族であるイヴとアベルに対しては、協力者と認識するのに抵抗感があっても仕方がないだろう。
それまで黙って見守っていたキリエは一歩前に進み出て、あらかじめリツから借りていた拡声器を口元へ宛がい、困惑している皆へ語り掛けた。
「皆さんが戸惑うのは分かります。ジェイデン陛下や僕は、少し前から彼らの存在を知っていましたが、皆さんにとっては今初めて知ったのですから、容易には信じられないのも無理はありません。ですが、どうか信じていただけませんか? これは、此度の危機において前線で戦ってくださる皆さんの命を守るため、できるだけ怪我をしないようにするために必要な協力関係なのです」
自分たちの死亡率および負傷率が下がるという話題に興味を惹かれたのか、キリエの持つ特性の効力か、段々と場のざわめきが静まってゆく。そこでジェイデンはキリエから拡声器を受け取り、どのような布陣でどのように戦うかを再度説明したうえで、プシュケ・イヴ・アベルの協力によって得られる防衛効果についても語り聞かせた。皆が真剣に耳を傾け、魔族の姉弟へ向けられる視線に含まれる嫌悪感や警戒も次第に薄れてゆく。
「我々の協力関係は、カイン討伐達成までであり、それ以降は今まで通り互いに干渉し合わないこととする。妖精人側からは詮索も接触もしないよう求められており、私たちがその願いを叶えるのは当然のことであると、千年前の悲劇を知っている皆も納得してくれるだろう。また、今後も海を越えて外界と接触しないようにしてほしい、という魔族──いや、魔族の中でも我々と敵対する気が無いカインと相対する勢力である保守派側の言い分にも、両隣国の皆も含め抵抗感は無いはずだ」
ウィスタリア王国民は、唯一神への信仰が長年根付いていることもあり、海を越えて外の世界を目指そうという意識を持つ者は皆無に等しい。
アルス市国は様々な発明品を生み出しており技術力も研究能力も優れているが、興味の矛先が外界へ向かず、どこまでも自国内で完結させたがる国民性がある。更に、他国と干渉し争っている暇があるのなら、少しでも効率が上がる何かを生み出したい、という志向もある。だからこそ今までも、発達した武器を所持していようと、ウィスタリア王国やモンス山岳国を攻めて領地を拡大しようという発想には至らなかったのだ。当然、海の向こうの世界を目指そうなどと思いもしない。
モンス山岳国は大自然の持つ力そのままを尊重して崇拝し、それを捻じ曲げるような行いは好まない。彼らにとっての大海原は、食用の魚や海藻を与えてくれる恵みであると同時に、荒波によって行く手を阻む境界線でもある。自然の中で決められた境界を強引に越えて外へ出よう、などと考えるはずもない。
──よって、ウィスタリア中大陸内の三国はいずれも、海を越えてくるなというイヴ側の要望に不満は無かった。
「もう、時間が無い。決戦の時は、間近に迫っている。ここに集っている一同、それぞれ思うところはあるだろうが、今はただ、ひとつの目標へ向かって手を取り合うべきだ。一時だけでいい。互いを信じ、尊重し、この地の、そして我々が知らない世界にも影響しかねない脅威を乗り越えるのだ! 今こそ、心をひとつに! 我らに勝利を!」
途中から拡声器を投げ捨てて声を張り上げるジェイデンの熱意に煽られてか、「心をひとつに!」「我らに勝利を!」の唱和が繰り返し発され、皆が拳を振り上げる。その志気の高まりは、キリエの背筋を伸ばし、胸中をじりじりと焦げつかせるものだった。




