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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第4章(最終章)
320/335

【4-50】魔石の使用は可能か否か

 ◆◆◆



 ──年末の決戦まで、あと一週間。

 王都周辺の国民たちの避難移動も始まり、身分や立場に関わらずウィスタリア王国民は皆が慌ただしくしており、アルス市国ならびにモンス山岳国から派遣されている者たちも奔走していた。

 運命の時がいよいよ間近に迫り、国内の混乱や動揺は大体が落ち着き、むしろ何かに急き立てられるような焦燥感にかられ、己の役割を黙々と果たそうとする者ばかりだ。


 サリバン邸の使用人たちも、決戦に参加せざるをえないジョセフ以外は避難させようとしていたのだが、彼らはイヴとアベルの世話役が必要だと言い張り、その理由を盾に屋敷に残留となった。

 他の王都民へ示しがつかないのではとリアムは懸念したが、少数精鋭で屋敷内の雑用をこなしている使用人たちは手際がよく技術力も高いため決戦前後に王城内で手助けしてもらえると助かると、ジェイデンが要望を出してきたのだ。国王が自ら要望を出した以上、それに応えるのは自然かつ当然の成り行きである。結果的に、イヴとアベルは決戦直前までサリバン邸で過ごし、キリエとリアムもそうすることを許される形となった。



 ◇



「キリエ、これを明日持って行って」


 三度目の大規模訓練を明日に控えた夜、夕食を終えたばかりのキリエへ、手のひらに五つの石を載せたアベルが声を掛けてきた。彼が持っているのは、魔石だろう。キリエは傍のリアムと顔を見合わせてから、再びアベルへ視線を戻し、おずおずと訊いた。


「これは、魔石ですよね……?」

「そうだよ。明日は庭じゃなくて、城の前の大広場で実地訓練なんでしょ? ただでさえ負傷者が出る危険な訓練なのに、今までと環境を変えたら尚更だと思う。酷い怪我人はキリエが治してあげてるみたいだけど、カインとの決戦も近いんだし、あんまり消耗しないほうがいいよ。それに、こんな直前になったら、負傷者は極力出さないほうがいいだろうし。傷の大小に関わらずね」

「つまり、……この魔石を使うと、怪我を防げる、と?」

「そう。この青い石四個を適当に離して地面に置いて、誰かがこの黒い石を握りながら守護を願えば、少しの間、何かを通過させないように出来る。四つの石が透明な柱になって、その柱を線で結んだ範囲内を半円型の透明な膜が覆う、って感じかな。時間としては、五つ数える間くらい」

「はぁ……、なるほど」

「カインとの対決の時には、これをもっと強化させつつ個数を増やしてさ、布陣の外周の兵と、中心部の司令役に渡す予定なんだけど、とりあえずの効果の程を知りたいし、明日使ってみてよ」


 アベルの言うことは、もっともである。この時期に無駄に負傷者を出すのは防ぐべきで、目前に迫った決戦当日に備えるためにも魔石の効力を試してみる機会は必要だ。本来であれば、とてもありがたい申し出だった。──しかし、実のところ、皆の前で堂々と魔石を使うための条件がまだ揃っていないのだ。

 思い悩むキリエを眺めているうちに何か察したのか、近くの窓辺に佇んでいたイヴが傍へ寄ってくる。


「あたしたちのこと、皆はまだ知らないの?」

「それは、その……、はい」


 少々歯切れ悪くなりながらも、キリエは素直に頷いた。

 今年最後の日まであと僅か、そんな頃合いになっても尚、イヴとアベルおよび魔石の扱いについて、上層部の意見は割れている。

 ひと月以上の間、特に問題無く協力してもらえているのだから、兵たちにも普通に明かして納得してもらうべきだ、という意見。いくら協力的であったとしても、此度の大きな戦いの敵と同種族であるのは事実であり、魔石や魔術の力を借りるのは危険なのではないか、という意見。わざわざイヴとアベルの正体を明確にする必要は無く、戦場の混乱に紛れて秘密裏に魔石を使ってしまえばいいだろう、という意見。それらの主張が拮抗しており、いまだに結論が出ていないのだ。決め手となる要因があれば良いのだろうが、圧倒的に説得力のある何かというのが見つからない。

 キリエとしては、イヴとアベルが協力的に頑張ってくれている姿を間近で見ていることもあり、それをきちんと説明したうえで魔石の力を用いて兵たちを護りたいと考えている。


「なるほど……、面倒くさい意見の割れ方をしているんだな」

「随分とややこしいことを、随分と長い間、話し合ってたんだね。ぼくには理解できないな」


 キリエの拙い説明からでもきちんと事情を理解してもらえたのか、魔族の姉弟は揃って溜息をついた。


「せっかく協力してくれているのに、嫌な気持ちになりますよね。すみません」

「キリエが謝ることない。この地の人間たちにとってあたしたちが異端なのは、ちゃんと分かってる」

「そうだよ。それは別にいいんだ。どうせなら、開き直って『利用できるものは利用してしまえ』って考えてくれればいいのに、中途半端に良心を出してる人たちの思考回路が理解できないってだけ」


 アベルが独特な捉え方を口にしたとき、キリエは胸元に妙な熱を感じた。正確には、キリエの身体そのものが発熱しているわけではなく、服の下に身に着けている母の形見である首飾りから伝わってくる温度だ。──これは、プシュケからの意思表示だろうか。


「イヴ、アベル、すみません。急いで部屋へ戻らねばならなくなりました」

「ふーん、そうなんだ」

「行ってらっしゃい」


 唐突に立ち上がったキリエに対し、魔族の姉弟は驚くことなく手を振ってくる。そして、傍にいたリアムも当然のように椅子を引き、キリエが移動しやすいようにしてくれた。


「リアム。僕の部屋にすぐ戻ります。一緒に来てくれますか?」

「御意のままに」


 慌ただしく立ち去っていく主従を、イヴもアベルもあまり気にしていなかったが、ずっと入口近くで待機していたエドワードだけは驚愕を露わにして凝視しつつ見送るのだった。

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