【4-49】未来へ残る影響
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「──では、エドワードはいずれそちらへ行く可能性が高い、と」
「ええ。無論、今すぐというわけではありません。そもそも、まだアルスとウィスタリアの国交が全面回復したわけではありませんし、それに伴って一般国民が行き来できる環境にならなくては、エド自身も窮屈な思いをするはずですから。それに何より、彼はまだ貴方がたの傍に仕えていたいようですしね」
二人の話し声が聞こえ、キリエはぼんやりと意識を浮上させた。しかし、まだ瞼を押し上げるほどの目覚めではなく、眠りの世界と現実の狭間を揺蕩う感覚だ。
「やはり、例の夢でエドワードを……?」
「はい。いずれ寝食を共にするだろうという未来が見えました。しかし、おそらく年単位で先の出来事となるであろうことが『見えた』のは初めてでしたから、私も驚きましたよ」
「リツ様の元へお送りするまでに、彼には常識を身に着けさせるべく尽力いたします」
「何を仰います。今の彼のままでよいのです。自然に任せて、これまでと同じように温かく見守ってあげてください。今の素のエドワードだからこそ、分かり合える感覚があるのですから。……彼とならば、婚姻や親子関係を結ばずとも家族になれる、生涯を共にする相手は友人でもよいのだと証明できる気がします。素朴で優しい文章が何を紡いでいくのか、傍で見守る余生も良いものでしょう」
リアムとリツがエドワードについて何やら語り合っているらしい、と把握したところでキリエの意識ははっきりと覚醒し、目を覚ました。此処は王城の客室のひとつらしいと思いながら身じろぐと、その気配を素早く察知したリアムが「失礼」と一言断ってから席を立ち、寝台へ近づいて来る。リツもキリエの覚醒を察したのか、カップをテーブルへ置き、立ち上がった。
「キリエ様、御目覚めになられたのですね。御気分はいかがですか」
「何ともありません。……僕は、気絶していたのですか?」
キリエの問いかけへ、リアムは首肯する。その後ろから顔を覗かせたリツは、銀眼と視線を交わすと安堵したように微笑んだ。
「おはようございます、キリエ。ああ、もう顔色はよろしいようですね。良かった」
「リツ……、僕は心配を掛けてしまったのですね。すみません」
「とんでもない。貴方のおかげで救われた兵たちがいるのです。消耗せずに済んだ薬品類も多く、そういった意味でも助かりました。ありがとうございます、キリエ。今は軍事会議に出ていて此処にはいませんが、チェットも感謝していました。負傷兵たちも、御礼を申し上げたいと感涙しておりました」
「いえ、そんな……、僕に出来る数少ないこと、ですので」
丁重に頭を下げて感謝されてしまうと、妙な罪悪感が湧いてきて、キリエは上半身を起こしつつ複雑な面持ちで眉尻を下げる。
確かに、倒れてしまうまで力を駆使したが、本当は限定的な能力ではないのだ。戦が終われば人前で発揮できなくなる力であり、それ以降は、本来であれば助けられるかもしれない人たちを見過ごしてしまうことになる。それが心苦しかった。
「貴重な御力をキリエに授けてくださった妖精人には感謝の気持ちしかありませんが、それは無闇に使っていただけるものではないですね。キリエに掛かる負担が大きすぎます」
「えっ? そ、そんなことは、」
「何を言っているんですか。実際、倒れてしまったでしょう? 今回は大事に至りませんでしたが、今後もそうとは限りませんし、王兄殿下を度々倒れさせるわけにはまいりません。兵たちも、キリエに負担を強いたくないと心を痛めていましたよ」
そこで、キリエはハッとする。自分が倒れるまで好きなように無茶をさせてくれたリアムの意図はここにあったのだ、と。彼は、あえて衆目の中でキリエに気絶させたのだろう。精霊の加護による治癒はキリエに負担を掛けるものだ、と皆に印象づけるために。
ちらりとリアムを見上げると、彼は若干バツが悪そうな表情をしつつも、視線を逸らさない。その眼差しは、キリエの予想を肯定するものだった。
主従の目線の応酬が何であるのか知ってか知らずか、リツは穏やかに言う。
「──我が国の医療班が、とても刺激を受けていました」
「……えっ?」
「今はまだ、我々の技術では、その不思議な治癒能力には勝てません。でも、いずれ、精霊の加護が無くとも、それを得ることが出来ない普通の人間である我々でも、より多くの命を救っていけるように、そしてそれが限定的な能力ではなく人から人へ伝わっていく技術となるように精進したい、と」
目を瞠るキリエへ柔らかな微笑を向け、リツは頷いた。
「貴方は今日、傷ついた兵たちを救いました。けれど、それだけではないのですよ。貴方が見せてくれた奇跡に感銘を受けた者たちによる働きは、巡り巡って未来の誰かを助けてくれるはず。貴方の力は一時的なものかもしれませんが、その影響は後々まで何らかの形で残り続けます」
一時的な奇跡だったとしても、その影響は後々まで残る。──リツがそう明言したのを聞き、キリエは、自分は正しい嘘をついたのだろう、と考えた。
後世まで残る影響は、必ずしも良いものだけとは限らない。悪い影響を排斥するためにも、リアムに諭されてついた嘘は間違いではないのだ。──たぶん、おそらく。きっと。
「キリエはまだ疲れているようですね。私はもう行きますので、ゆっくり休んでください」
「ぁ……、リツ、ありがとうございました」
「こちらこそ。では、また」
リツが静かに退室していくと、リアムは寝台横に膝をつき、キリエの顔を覗き込んでくる。
「キリエ、……大丈夫か?」
それは体調だけではなく、精神的なものを含めた問いだ。それを分かっているうえで、キリエは小さく頷いた。
「はい、大丈夫です。……大丈夫、ですよね?」
「ああ。──大丈夫だ」
主君から震えた声で問われた夜霧の騎士は力強く頷き、その手を取り、滑らかな甲へ己の額をそっと押し当てた。




