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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第4章(最終章)
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【4-48】賢王の眼差し

 ◇



 まだ動揺と混乱が収まっていない様子の兵たちの間をくぐり抜け城内へ戻ったキリエとリアムは、リツとチェットに嘘を交えながら事情を話し、各所の医療班を次々に訪問した。

 限定的かつ一時的な治癒能力であるという説明を疑う者は誰もおらず、止血剤や包帯を温存できるのは有難いとリツやチェットからも丁重に礼を言われて感謝された。


 嘘をついた上で礼を言われる後味の悪さが気になりつつも、キリエはそれを顔に出すことなく、負傷した兵たちの治癒に全力を注いだ。王族であるキリエが生々しい傷口を見ることになると心配する者も多かったが、孤児時代は自分も周りも基本的に医者にかかることが出来なかったため、もっと酷い患部を見たこともあり、慣れている。恐れることなく慈愛をもって負傷兵を癒す銀色の青年の姿に神聖性を見出したのか、キリエの後姿へ祈りを捧げる者も少なくなかった。


 命の危険がある重傷者約三十人、傷の深さはそれほどではないもののなかなか血が止まらない者たちも含めれば全部で五十人弱の傷を癒したところで、キリエは力を使い果たし、その場で気絶した。

 周囲の者たちは青ざめ騒いだが、傍でずっと黙って付き添っていたリアムが的確に指示を出し、空いている客室へキリエを運び込み、寝台へ寝かせた。瞳を紅く染めて無意識下で精霊の加護を発動させていた頃と同じで、危険な気の失い方ではなく、眠っているようなものだ。


 騎士たちが引き上げ、ようやく二人きりになったところでリアムは深い溜息をついたが、束の間の静寂はすぐに訪問者によって幕引きされる。ノックのあと、間を置かずに入室してきたのは、金髪の若き王と、その側近騎士だった。


「リアム、ご苦労だった」

「陛下、」

「あー、やめてくれ。畏まらなくていいのだよ。いいから、楽にしていてくれ」


 ジェイデンは、椅子から立ち上がろうとしたリアムを手で制す。それでもなお起立しようとする夜霧の騎士を王は横目で睨み、「いいから座っていてくれ」と繰り返した。


「僕はすぐに立ち去るから、本当に気を遣わないでくれ。時間が惜しいから、僕の椅子も不要だ」

「リアム。ジェイデン様の仰る通りにしておいたほうがいいよ」

「……それでは、恐れながら御言葉に甘えさせていただきます」


 ジェイデンの背後で苦笑しているマクシミリアンに促されたこともあり、リアムは居心地悪く感じながらも元の位置に座り直した。リアムとは反対側の寝台横へ歩み寄って来たジェイデンは、憂いを込めた眼差しでキリエの寝顔を見つめた。


「──リツとチェットから、大体の報告は受けたのだよ。キリエは不思議な治癒能力を一時的に、妖精人の長老殿から与えられているそうだな」

「左様でございます」

「まぁ、全てを僕に報告してもらう必要は無いし、それが妖精人に関わることであるのなら尚更だ。リアムがキリエの傍にいて把握しているのなら、それで構わない。今までも、これからも。……ただ、ひとつ気になる。それこそ、君は知っていたんじゃないか? 治癒能力を使い続ければキリエは心身の力を消耗し、このように倒れてしまうのだ、と」


 夜明けを誘う陽光のような力強い金眼に射抜かれ、リアムは一瞬、口ごもる。

 ジェイデンの指摘通り、リアムは疲弊したキリエが気を失うであろう事態を予想していた。そのうえで、あえてキリエが限界を迎えるまで、気が済むよう好きなようにさせたのだ。


「君らしくないな。確かにキリエは頑固だが、君がきちんと窘めて諭せば、限界を迎える前に休息を取らせることも可能だったはず。リアムが無意味にキリエを倒れさせるとは思えないのだよ」

「……キリエ様に御負担を強いてしまい、申し訳ございません」


 ジェイデンの追及を曖昧に躱し、リアムは頭を下げる。

 キリエが精霊の加護の力を使いすぎれば倒れてしまう、治癒能力は彼の負担になるのだ、と皆に印象付けるために、リアムはキリエが倒れるまで口出しせず見守り続けたのだが、それを説明してしまうと、賢いジェイデンであればキリエの治癒能力が一時的なものではないと察しかねない。ジェイデンは既に魂結びについても把握しているのだから、今さら治癒能力について知られたところで大ごとにはならないようにも思えるのだが、下手をすると世界の均衡を崩しかねない力であるため、慎重に秘しておきたかった。


「言い訳ひとつせず、潔く頭を下げるのか。本当に、不器用なほど誠実な男だな」

「……今の私を『誠実』だと仰るのですか、ジェイデン様は」

「ああ、誠実だとも。君が何を隠しているとしても、それは僕やこの国を陥れるものではないし、ましてや、キリエを傷つけるためのものではない。それでいいのだよ。……今後も、キリエのことをよろしく頼む。僕の大切な兄弟を託しているんだ。それだけ君を信頼しているのだと、改めて言っておきたかった。それだけなのだよ」


 意味深な瞳でリアムを見据えた後、ジェイデンは表情を和らげてキリエを見つめ、そっと銀髪へ触れる。その横に立つマクシミリアンの橙色の瞳は、心配そうにキリエとリアムを交互に見ていた。


「さて、僕はもう行く。王国騎士団やコンラッドと顔を突き合わせて会議せねばならないからな」

「御疲れ様でございます」

「どうも。あー、こらこら。見送りはいらん。立たなくていい」


 立って見送りの挨拶をしようとしたリアムを制し、ジェイデンは不意に何かを思い出したような顔をして振り向く。


「そういえば、リツが君のところの御者……、いや、フットマンか? 彼に話があるとか言って停車場へ行ったようだが、そちらに同席しなくて大丈夫なのか?」

「あぁ……、そちらは御心配いただかなくとも大丈夫かと存じます。リツ様は私の所の使用人であるエドワードに御興味を御持ちのようでして、本日連れてきておりますので御時間があるようでしたら御話をどうぞ、とお伝えしていたのです。エドワードは不躾な部分もございますが、それを御承知のうえでの御話かと存じますので、問題は無いかと」


 伝えても問題が無いであろう事項を素直に説明すると、若き王は納得したのか、「分かった」と頷いた。そして、最後にもう一度リアムへ強い視線を向けてから、ジェイデンは長い金髪を靡かせつつ退室して行く。それに続いて部屋を出て行くマクシミリアンは、振り向きざまに優しい微笑を残していった。

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