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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第4章(最終章)
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【4-47】「皆に優しい」とは何か

「どうして、そんなことを……、僕は嘘をつきたくないって、君は知っているのに」


 絶対に嘘をつかない、その信念を幼い頃からキリエが抱き続け実行し続けてきたのだと、リアムは知っているはずだ。それを承知の上での提案ならば、「治癒能力を使うな」と言っているに等しい。

 愕然としているキリエの瞳を間近で覗き込みながら、リアムは苦しげに言った。


「ああ、知っている。それを知った上で、皆を治療するのであれば嘘をつけ、と言っている」

「なぜ、どうして、そんなことを言うのですか……?」

「何故だと思う? 俺が好き好んでこんなことを言うと思うか? お前が傷つくと分かりきっていることを、喜んで口にすると思うか?」


 キリエは、何度も首を振る。

 リアムがキリエを悲しませようとするはずがない。彼が意地悪や嫌がらせで言っているのではないと、それは分かっている。そもそも、普通の人間であるリアムがキリエへ悪意を向けられるはずがない。だが、その特性の有無に関わらず、彼がキリエを傷つけるはずがないのだ。


 だからこそ、分からない。リアムが厳しい意見を口にするのは、キリエの選択が危険である場合のみだ。それ以外の全てにおいて、リアムは基本的にキリエの意志を尊重してくれる。つまり、キリエが負傷兵の治癒を行うことが、彼がここまで頑なになるほどの危険性を孕んでいると解釈できるのだが、何故なのかがキリエにはまるで分からなかった。


「──キリエ様。貴方は皆に優しい国であることを、差別される者が無くなる世界を目指していらっしゃる。そのために、御自分ができる全力を尽くすべく努力される。……そうですね?」


 キリエの肩から手を離し、身を引いて跪いたリアムは、真摯な眼差しで見上げてくる。キリエはおずおずと頷いた。


「確かに、貴方の持つ御力で兵たちの傷を癒していただけるのは、御優しい行為です。ですが、その優しさは、全員に行き渡るわけではございません。……本日、傷を負った者を全て癒していただけたとして、それで終わりになると御思いになりますか?」

「……」

「現在の医療技術では手の施しようがない怪我を負っている者が、この国に、そして両隣の国に、どれだけいるか分かりません。そして、そういった者たちにとって、貴方の治癒の御力がどれだけの希望になってしまうか、計り知れません」

「あ……」


 キリエは、リアムが言わんとしていることを察した。

 いくら口外しないようにと命じても、合同訓練で多くの人間が集っている以上、どこかから情報が漏れてしまう可能性が高い。そして、噂話というものは、予想できないほど広範囲に広まってしまう場合も多い。人々の興味を惹く内容であればあるほど、その傾向は強まる。

 そうして噂を耳にした者たちが、救いを求めてキリエの元へ流れてきた場合、初めは対応しきれたとしても、じきに難しくなってしまうだろうことは容易に想像できる。何故なら、この治癒能力を得ている者は妖精人(エルフ)の中でさえ少ないというのに、人間と関わっている者は無く、人々を癒してあげられるのはキリエしかいないからだ。

 そして、キリエは完全な妖精人ではない影響もあってか、精霊の加護の力を用いたときの消耗が激しい。どんなに求められても、いずれは切り捨てざるをえない人が出てきてしまうのは明白だった。


「キリエ様。貴方おひとりの御力で、全ての人々を救えるわけではございません。今までの御活動は、貴方の軌跡を頼りに、他の人々もなぞらえていくことが出来るものでした。実際、貴方の慈善活動に感銘を受けて同じような活動を始めた貴族は多い。──ですが、精霊の加護を得て行う治癒は、貴方の背を追って習得できるものではございません。精霊の加護を駆使される御力も、無限ではございません」

「……いずれ、僕ひとりの力ではどうにもならず、治療してあげたくとも出来ない人が出てきてしまう。そのとき、助けてあげる人と助けてあげられない人の線引きがどうしても必要になってしまい、それは差別に繋がることで、皆に優しいとは言い難い。……君は、それを心配してくれているのですね」


 キリエが理解を示すと、リアムは神妙な面持ちで首肯する。

 救われて喜びの声を上げる人、救われず奥歯を噛みしめて耐える人。キリエは、物心ついてから長い間、後者の苦しみを味わい続けていた。だからこそ、己がその線引きをする者になりたくはない。

 キリエのそんな考えを知っていて、尚且つ先々の展開や問題を瞬時に予測できたからこそ、リアムはあえて厳しい言葉と選択をぶつけてきたのだ。彼のほうが傷ついているような、そんな目で懇々と訴えてくれたのだ。


 ──加えて、リアムが決して自ら語ることはないであろう弊害についても、キリエは気がついた。その気づきはずっしりと重く、胸が痛むものだ。


「僕が全力を使い果たして倒れてしまうまで分け隔てなく順番に救い続ければ、救えずに残されてしまった人たちも納得してくださるのではないか、と一瞬だけ考えましたが、駄目ですね。精霊の力を駆使するには僕の心身をすり減らさねばならず、それは度を過ぎれば寿命を削ってしまうこと。──君と共有している命を、僕が勝手に削り取ってしまうわけにはいきません。そこにすぐ思い至らなくて、ごめんなさい」

「それは、そのようなことは、……それは、」


 俺の命などどうでもいい、とはリアムは言えない。同様に、キリエも、自分の命などどうなってもいい、とは言えない。何故なら、二人の命は繋がっていて、片方の死はもう一人の死に直結してしまうからだ。互いを尊重しているからこそ、己の命を軽く見ることは許されない。


「リアム、……僕、嘘をつきます」


 ぽつりと呟かれたキリエの言葉を聞き、リアムはハッと振り仰ぐ。その藍紫の瞳をじっと見つめ、キリエはくしゃりと泣き笑いの表情を浮かべた。


「僕は止血しか出来ず、その能力でさえ一時的におじいさまから与えられたもの。そう、嘘をつきます」

「キリエ、様……」

「傷口を塞いで止血するだけでしたら、君と共有している命にもそこまで負担は掛からないはずです。……だから、それで許してくれますか?」


 リアムは、彼のほうこそ泣き出してしまいそうな痛々しい顔で頷き、何かを耐えるように拳を握り、項垂れる。そして、彼らしくない弱々しく震えた声で「すまない」と小さな謝罪を吐き出した。

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