【4-44】いつか飛び立つために
「エド、今ジョセフがまとめてくれた内容を聞く限り、リツは君にフットマンとしての働きを期待しているわけではないと思うのですが……」
「ああ、俺もそのように理解した。いずれ自分の元で文章を書く仕事をしてみないか、という御誘いだろう」
主君たちからの指摘を受けたエドワードは、困ったように眉尻を思いきり下げる。
「うーん……、でも、なんでそんなことをオレに御望みになるんすかねぇ。オレが書いた文なんて、このお屋敷の外には出てないはずですし」
「私も、そこが気掛かりでございまして、キリエ様ならびにリアム様の御意見を伺いたく、こうしてお邪魔している次第です」
二人が疑問に思うのも、無理はない。そう考えたキリエは、自身の記憶の中から根拠を引き出しながら言った。
「エドが文章を書くのが好きみたいだと、僕からリツに話したことはあります。ほら、僕が此処に来て一年が経ったと皆でお祝いしてくださったことがあったでしょう? あのとき、そんな話題になりました」
「そうなんすか……、でも、どうしてそんな御話の流れに?」
「えっ? えぇと……、リツからエドのことを尋ねられたから、です」
「そうっすか……、オレ、そんなに興味を持っていただけるようなこと、してないと思うんすけど」
確かに、その通りだ。以前、ジェイデン即位への祝賀挨拶を兼ねて見合いのために来訪していたリツと、王城までの往復路で馬車の御者を務めていたエドワードが顔を合わせたことはあったが、ほぼ会釈のみの関わりしか無かったのである。キリエの一周年を祝う場においても、彼らは直接会話を交わしているわけではないのだ。
エドワードと共に首を傾げているキリエを眺めながら、リアムは胸中で、リツがエドワードに関心を持ったきっかけは「先読みの夢」だろうと予想する。だが、彼が持つその特殊能力について知っているのは、この場ではリアムだけだ。
どうしてか理由は不明だが、リツは自身の不思議な夢についてキリエには明かしていない。──いや、本来はリアムにも伝えるつもりはなかったのかもしれない。だが、リツがリアムに「先読みの夢」について打ち明けたときは、キリエが妖精人と共に永遠に姿を消してしまう可能性が危惧されていた。それを阻止すべくリアムを動かすために、リツは仕方なく秘密を明かしたのかもしれない。リアムが口の堅い男であることを信じてくれたからこその英断だと思えば、その信頼を裏切るわけにはいかないだろう。
「……つまり、明日、リツ様の真意を探ってきてほしいということなんだな? だから、どうしても今宵この話をしておきたかった、と」
「左様でございます」
リツの秘密に触れないよう言ったリアムへ、ジョセフが即座に肯定の返事を寄越す。リアムはわずかに逡巡した後、藍紫の瞳でエドワードを射抜いた。
「──エドは、どうしたいんだ?」
「へっ……?」
「リツ様の御真意が分からないから迷っているようだが、興味はあるんだろう?」
「えっ、い、いえ、オレには勿体なさすぎる御話だと思ってるっす!」
「だが、嫌がってはいない。その気が無いのであれば、お前はそう言うはずだ。こんな手紙を貰ったが、その気はない。どうしたらいいのか、と。そういう相談になるはず。……だけど、お前はリツ様の御話を受けてもよいものか、と悩んでいる」
「いっ、いえ! オレ、このお屋敷が大好きっす! 今すぐ此処を離れるなんて、そんなのは嫌っす! 本当に!」
「うるさい、エド。でかい声で喚くな。お前はただでさえ地声が大きいんだからな。……今すぐの話ではない、とリツ様も仰っている。だからこそ、お前も迷っているんだろう?」
「い、いいえ……! オ、オレ、一生かかってもお返ししきれないくらいの恩が、リアム様にあります! オレ、オレは……っ、リアム様に買っていただいたんすから……っ」
不安そうに何度も首を振るエドワードを宥めるように、リアムは柔らかく微笑む。家族を慈しむかのような、優しい笑みだった。
「エド。お前はもう、十分に返してくれている。以前、月夜の人形会に攻め入れられたとき、必死にキリエを守ってくれた。矢に射られても恐れずに駆け、キリエを守った。俺の宝を守ってくれたんだ。それでもう、十分な見返りだ」
「そ、そんなこと言わないでほしいっす……、オ、オレ、まだ此処にいたいっす」
「ああ、いてくれ。今はまだ、お前の働きが必要だ。キリエだって、寂しがる。……だが、いつかは、お前もこの屋敷を飛び立つんだ。リツ様の元であれば安心して送り出せる」
いつか。──リアムが語る「いつか」は、キリエと以前に話したものだろう。もしも二人の寿命がおかしいようであれば、不老の影響を受けるようであれば、皆の前から消えねばならない、と。
リアムが表舞台から消えるのであれば、当然ながらこの屋敷も閉じねばならない。リアムがこのまま爵位再授与を拒み続け、子孫を残さないつもりであるのなら、彼が消える時点でサリバン家も終焉を迎えるのだから。そうなったとき、この家に集う者たちはどうするのか、キリエ以上にリアムは案じているはずだった。
「サリバン家は、この屋敷は、いつか終わりを迎える。その前に、お前も身の振り方を考えておかねばな」
「……ど、どうして、そんなに遠くない未来かのように仰るんすかぁ。オレ、オレは……、」
エドワードは取り乱しているが、その横に立つジョセフは主の言葉から何かを感じ取ったのか思慮深い眼差しでひたむきにリアムを見つめている。
ここは、サリバン家は、あたたかい場所だ。キリエは、改めてそう感じた。もしもキリエが現れなければ、彼らは本当に最後の最後まで共に在ったのかもしれない。しかし、キリエが此処にいないとしたら、様々な意味合いでウィスタリア王国はもっと大きな危険に巻き込まれていたかもしれない。
運命とは時に残酷で、時に清福で、誰にもどうしようもないものだ。
「エド。明日、君が御者をしてくれるのでしょう? せっかくですから、リツと少し話をしてみては?」
「えっ……?」
キリエの提案を聞き、三者三様に驚きを見せている。しかしキリエは、のんびりと言葉を続けた。
「僕たちがリツの真意を知ってエドへ伝えたとしても、それが正しい伝達になるかは分かりません。ほら、前に見せてくれた手記があるでしょう? あれを持って行って読んでもらって、君も本人と実際に話をしてみたら、手っ取り早いんじゃないでしょうか。……リツのお誘いは、君にとって悪いものではないんじゃないかなと僕も思います。いつかの未来のために、ね?」
複雑そうな表情ながらも、エドワードは素直に頷く。リアムとジョセフは互いに深い考えを含ませた視線を交わし合い、キリエはそんな皆を見ながら少しだけ寂寥感をおぼえたのだった。




