【4-42】伝える覚悟と問う覚悟
「どうして、それを……、ジャスミンとライアンのこと、ご存知なんですか?」
驚愕で上擦っている声で問うキリエへ、チェットは何度も頷いた。そして、深い溜息を吐き出す。
「ジャスミンが話してくれた」
「えっ。ジャスミンが、自分から……?」
「ああ。側近がダリオに落ち着くまで、歴代の側近騎士たちが自分に何をしようとしたか、ライアンに何をされたりされかけたりしたのか、自分がライアンをどう思っていたのか、全部自分からオレに打ち明けてきた。……で、最後にこう言ったのさ。出来れば隠しておきたい恥ずかしいことも全部チェットに話した、どうしてわたしがそうしたのか、あなたなら分かってくれるよね、ってな」
チェットは上体をひねり、椅子の背もたれで頬杖をつく。そうしてキリエやリアムから視線を逸らしながら、彼は不貞腐れた口調で言った。
「分かるわけないっつーの!」
「チェット……」
「オレはな、別に、ジャスミンの今までのことをあれこれ詮索してどうこうする気なんかねぇよ。どんな過去があったって、アイツはアイツだろ。オレだって、まぁ……女と付き合った経験はそれなりにある。だが、それをいちいち全部言う気もねぇし、ジャスミンだって訊いてこねぇ。オレだって同じだ。別に、そんなん聞かせてくれなくたってよかったんだ。それが、なんで……、オレにどうしてほしいってんだよ」
荒れる気持ちを指先に込めて赤い髪をぐしゃぐしゃに掻き乱したチェットは、ぼさぼさの頭のまま、じっとりとリアムを見上げた。
「なぁ、アンタはどう思う?」
「……私でございますか?」
「そうだよ、リアム。アンタに聞いてる。アンタは前に否定してたが、その顔面と、長身と、名誉称号とやらが付属した騎士って身分があって、女たちが放っておくはずがねぇ。それなりに経験があるだろうがよ。似たような状況になったこと、ねぇか?」
「いえ、私にはそのような経験はございません。恐れ入りますが、御役に立てるようなことは申し上げられそうにありません」
「お堅い奴だなぁ……、浮いた話が全く無いわけじゃないだろうに」
そう詰られても、リアムは微苦笑を浮かべたまま一礼し、それ以上を語ろうとはしない。
キリエ自身が恋愛感情とは無縁であるため、リアムとそういった話題を語り合ったことはない。だから確信を持っているわけではないが、かつて婚約者だったというソフィア以外の女性の影を彼の中に感じたことは一切無かった。そもそも、親しい女性自体が少ないように思える。
幼馴染であるキャサリン、使用人のエレノア、騎士仲間のローザとリリー、くらいだろうか。他には、キリエと行動を共にしているため言葉を交わす機会がある、ジャスミン、イヴ、ルーナ、プリシラあたりだろう。いずれにせよ、彼女たちの誰にも、特別な感情を抱いている様子は無い。
──過去も含めて、彼にとって特別な女性はソフィアだけだったのかもしれない。そうだとするならば、これ以上、恋愛話にリアムを巻き込んでしまうのは、あまりに残酷すぎる。そう考えたキリエは、わざとらしい咳ばらいをして、チェットの注目を己へ引き付けた。
「チェット。君は、僕の話を聞きに来たのではないのですか?」
リアムを困らせないでほしいと頼むのはあまりにも直接的すぎるだろうと考えた結果、そのような言い方になったのだが、チェットはキリエの思惑とは違う形で受け取ったらしい。彼は紅眼を細め、ニヤニヤと楽しそうに笑った。
「なんだよー、拗ねちまったのか?」
「えっ!? い、いえ、拗ねてなんかいません」
「悪かったって。別にキリエを除け者にしてるわけじゃねぇよ。ただ、ほら、お子様のキリエにはまだ早いような大人の話だから、リアムの意見を聞いてみただけだって」
「僕だって、一応は成人しています。これでも、一応は大人なんです」
「へぇぇ、そうなのか! こーんなにちっこくて、こーんなに可愛いから、分からなかったぜ!」
「チェット……!」
「ははっ、そうやって怒ってる顔はなんとなくジャスミンと似てるなぁ。異母とはいえ、流石は兄弟」
キリエが本当に怒ってしまう前に揶揄を引っ込め、チェットは穏やかに笑う。
「じゃあ、兄上。教えてくれるか? ジャスミンは、どうしてオレに暴露話なんかしてきたんだと思う?」
キリエは表情を改め、真剣に答えた。
「あくまでも、僕の個人的な意見に過ぎず、ジャスミンが伝えたかったこととは全く違う可能性もありますが……、彼女は覚悟を伝え、覚悟を問いたかったのではないでしょうか」
「覚悟……?」
「はい。全て晒け出して話してもいいと覚悟を決められるほど君を想っているという気持ちと、そんな自分の全てを知った上で愛してくれるのか君の覚悟を問いたいという気持ち。それを分かってほしかったのではないか、と」
自分の中にあるライアンへの気持ちが一体何であるのか、ジャスミンは持て余して悩んでいたのだ。しかし、今の彼女にとっては、それはどうでもいいのかもしれない。そう考えられるほどに明確な想いを、チェットとの間に見つけたのではないだろうか。──キリエは、そう考えた。
「僕がジャスミンと出会ってから、まだ一年と少ししか経っていません。でも、出会った当初から、彼女がライアンとのことで思い悩んでいたのは知っています。随分と長い間、苦しんでいたようです」
「……」
「だけど、たぶん、ジャスミンの中で何らかの答えが出て、ライアンのことは吹っ切れたのだと思います。自分の心をきちんと整理したうえで、真剣にチェットと向き合っているはずです。だからこそ、そんな自分の覚悟を知ってほしかったと同時に、そんな自分を好いてもらえるかどうか不安になったのではないでしょうか。……勿論、さっきも言ったように、これは全て僕の予想でしかありませんが」
これまでジャスミンと接してきた中で把握している彼女の性格を考慮し、キリエは懸命に自分なりの答えを出した。それを聞いたチェットは、暫し目を伏せて考え込んだ後、瞳を開き、すっきりとした明るい笑顔を見せる。
「流石だなぁ、兄上。おかげで目が覚めたぜ」
「悩みは解決しそうですか?」
「おう。次にジャスミンに会ったらさ、『色々考えてみたけど、オレやっぱりアンタが大好きだ』って言うぜ」
「ふふっ。……ええ、それがいいと思いますよ」
キリエがにっこりと笑いながらティーカップを取ると、チェットもニヤリと笑って焼菓子へ手を伸ばす。和やかな茶会の雰囲気が漂い始めた中、リアムも安堵したように表情を緩めるのだった。




