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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第4章(最終章)
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【4-41】チェットの悩みごと



「それで、チェットのおはなしとは、どのような……?」


 窓際の小さな円卓越しに向かい合っているチェットを見つめ、キリエは小首を傾げた。チェットはテーブルに所狭しと並べられている茶菓子を眺めながら、後頭部をガシガシと掻きむしる。


「あー……、その、だな、……うぅ」


 普段の快活さはどこへやら、がっしりとした上体をやや丸め込みながら、チェットは小さく唸った。キリエの部屋に到着して着席してから、彼はずっとこの調子なのだ。給仕役としてやって来たセシルとエレノアは、最低限の役目を果たした後は空気を読んで退室してくれたのだが、それでもチェットは唸り続けている。


「……私がおりますと、おはなししづらいのでしょうか。しかしながら、誠に恐れ入りますが、私はキリエ様の御傍を離れるわけにはまいりません。御容赦ください」


 様子を見守っていたリアムが牽制の意味を含ませて丁寧に声を掛けると、チェットはとんでもないと言わんばかりに首を振る。


「当たり前だろ! リアムをキリエの傍から離そうとすると、とんでもなくやべぇことになるから気をつけろって、ジェイデンからちゃんと聞いてる。そこは弁えてるさ」


 一体どんな話をされているのやら、とキリエは苦笑し、リアムも一瞬だけ口元を引き攣らせていたが、夜霧の騎士としてはその認識のままでいてもらえたほうが都合がいいと考えたのか、訂正の言葉を繰り出すことはなかった。キリエも深く気にすることなく、興味を向ける先はチェットが語ろうとしている内容のまま変わらない。


「では、リアムがいても問題なくおはなししてもらえるのですね?」

「あー、うん、……彼がいようといまいと関係も問題もねぇよ」

「チェットがそこまで言い淀むなんて、よっぽど深い悩みごとかとお見受けします。どうしたのですか?」


 キリエを見つめる紅の瞳に、意を決したような色が宿る。ふぅ、と短く息をつき、チェットは姿勢を正した。


「今すぐってわけじゃねぇ。年末の決戦が終わったらすぐ、ってわけでもねぇ。──ただ、オレは、ジャスミンを嫁にもらいたいと思ってる」


 キリエは、小さな驚きと共に目を瞬かせる。それは、今の発言内容への驚愕ではなく、今さら何を言っているのだろうという疑問からだった。


「ええ、そうでしょうね。……あの、それはたぶん、僕だけじゃなくて、みんな薄々勘づいているのではないかと思うのですが」

「そ、そうか。……で、どう思う?」

「……どう、とは?」

「オレとジャスミンの結婚について、その……、キリエの目から見て、どうだ?」

「えっ……、どう、と言われましても……」


何をどう答えれば分からないキリエは、困り果てて眉尻を下げる。チェットは腰を浮かせ、円卓越しにキリエの両手首を掴んできた。リアムは少々眉を顰めたが、赤髪の客人の視界には入っていない。チェットは真剣な眼差しでキリエを射抜いた。


「キリエは正直だ。アンタは絶対に嘘をつかねぇ男だって、オレは確信してる。だからこそ、色々と聞かせてほしいのさ」

「勿論、僕でお答えできることなら、きちんと答えます。でも、どう、と聞かれても、何を答えればいいのか……、僕は、その、生涯結婚をすることはないでしょうし、今までに恋人がいたこともないですし、それは、その……今後もずっと、そうだと思いますので。お役に立てることを言えるとは思えない、というか……」


 しどろもどろながらに紡がれた言葉を聞き、チェットはわずかに目を瞠る。今のキリエの言葉に何か応じようとした彼は、側に立つ騎士がそれを拒むような気配を滲みださせているのを感じ取り、開きかけた唇を閉ざした。そして、チェットはキリエの手を解放し、自席へどっかりと座り直す。


「……経験からの助言がほしいってわけじゃない。キリエから見たジャスミンの印象を踏まえて、教えてほしいのさ。まずは、そうだなー……、オレとジャスミンの組み合わせはどうだ? 夫婦として上手くやっていけそうな感じ、するか?」


 具体的な質問内容を投げ掛けられて、キリエは肩の力を抜く。そして、こくこくと頷いた。


「はい。きっと良い関係の夫婦になるのではないかと、そう思います。チェットと話しているときのジャスミンはとても自然体ですし、良い意味で気が抜けているというか、楽しそうですので」


 初対面のときから取り繕わずに言いたい放題だったからか、ジャスミンはチェットに対して何でも素直な反応をしている。声をあげて笑ったり、頬を膨らませて拗ねたり、そういった自然体な姿を彼女が見せるのは気心知れた相手の前だけだ。キリエが知る限り、ジャスミンがそうして気を許しているのは血縁者の他はコンラッドとダリオだけだった。


「そっか。そりゃあ、嬉しい限りだ。まぁ、オレとしてもさ、アイツにはそれなりに好かれてるとは思う。まだ実際にモンスへ連れてったわけじゃねぇから、現地を見て嫌がられる可能性もあるが、十中八九、求婚すれば成功するし、モンスへ嫁いできてもらえるとも思ってる。……ただ、ちょっと気掛かりなこともあるんだ」

「気掛かり? あっ、ジャスミンはアルス市国にも親戚がいるので、そういった問題で……?」

「いや、違う。我々三国は協定を結んで国交回復するわけだし、そういった意味でも、三国が絡まり合う形になるオレたちの結婚は悪いもんじゃねぇ。……そうじゃなくて、さ」


 言いづらそうに前髪を掻き混ぜて小さく唸っていたチェットだが、じきに腹を括ったように苦笑と共に訊いてきた。


「なぁ、……オレと、ジャスミンが前に惚れてたっていう兄貴と、どっちのほうがイイ男だ?」

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