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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第4章(最終章)
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【4-34】賢者か愚者か

 ◇



 話し合いが終わり、レオンとルーナが帰っていき、夕刻の訓練と勉学をこなし、入浴と夕食を済ませたキリエは、エレノアに付き添われながら自室へ戻った。イヴとアベルはキリエと話したがっている素振りを見せていたが、明日にしましょうと柔らかく断り、部屋へ引き上げたのだ。


「キリエ様。だいぶお疲れの御様子ですが、大丈夫ですか」


 あまり干渉してこないエレノアでさえそう言って微かに眉根を寄せるほど、確かにキリエは疲弊している。それを察してくれたからこそ、イヴとアベルもおとなしく引き下がったのだろうが。


「大丈夫ですよ。ご心配をお掛けしてしまって、ごめんなさい」

「いえ、そのように謝罪いただく必要性は皆無です」

「……ノアのほうこそ、お疲れでしょう? 戻ってもらって大丈夫ですよ。送っていただいて、ありがとうございます」

「恐縮でございます。ですが、キリエ様。じきにリアム様がいらっしゃるかと存じますので、それまで御傍に控えさせていただければと。決して御邪魔はいたしませんので」


 エレノアは一礼し、寝台側の小さな机へ手際よく茶菓子を並べてゆく。支度を終えると、彼女は揃えた指先で恭しく寝台を示した。キリエは「ありがとうございます」と伝えてから、言われるがまま寝台に腰掛ける。


「自分のことは気にせず、横になってお休みください」

「いえ、このままで大丈夫です。……お茶、いただきますね」


 せっかく淹れてもらったのだからと、キリエは温かなカップに手を伸ばして茶を飲んだ。エレノアが用意したのは、彼女の故郷の特産品だという緑がかった茶で、主たちの精神的疲労が強いと見受けられるときによく淹れてくれるものである。よほど疲れて見えているのだろうと、キリエは微苦笑を浮かべた。


「……ノア、」

「はい、キリエ様。何なりとお申し付けください」

「ああ、いえ……、楽にしてください。少し尋ねてみたいことがあって……」


 背筋を正すエレノアへキリエがおずおずと切り出すと、彼女はやや緊張を解きながらも不思議そうに首を傾げる。


「自分に、ですか? 自分の知識ではお答えできることに限られるかと存じますが、それでもよろしければ何なりとどうぞ」

「ありがとうございます。──その、どうしたらもっと賢くなれるものかと、思いまして」


 エレノアは驚いたのか僅かに目を瞠ったが、さほど間を置かずに跪き、下からキリエの銀眼を見上げてきた。


「なぜそれを、自分に?」

「えっ、えぇと、だってノアはいつも落ち着いていて、仕事も丁寧に的確にこなしていて、とても知的で素敵な人だと思っているので。僕もそんな風になれたらいいな、と憧れているのです」

「キリエ様が憧れていらっしゃるのはリアム様なのでは?」

「えっ、そ、それは勿論そうなのですが! リアムへの憧れと、ノアへの憧れは、方向性が違うのです。えぇと、君への憧れはジェイデンへの憧れに近いかもしれません」

「それはまた畏れ多いにも程がある過分な御言葉を賜り、恐縮いたします。……ただ、ひとつ。ジェイデン陛下へ憧憬の眼差しを向けられるのはよろしいかと存じますが、自分に対しては不要です。何故なら、キリエ様は既に自分などよりよほど賢明で素敵な御方ですから」


 迷いなくきっぱりと言い放つのが、いかにもエレノアらしい。だが、その内容が面映ゆく、キリエは眉尻を下げた。


「僕は素敵なんかじゃ……、百歩、いえ、千歩も万歩も譲ったとしても、少なくとも賢明とは程遠い人間です」

「いいえ、間違いなくキリエ様は賢明な御方。リアム様も、そう仰ることでしょう」


 彼女が言い切った瞬間、静かなノックの音が響く。訪問者はリアムだった。素早く立ち上がったエレノアは二人の主それぞれに一礼し、さっさと退室してゆく。彼女が去ると、入れ違いにリアムがキリエの前へ膝をつき、心配そうに視線を合わせてきた。


「顔色が良くないな。ノアと何を話していた? 彼女が変な話をするとは思えないが」

「勿論です。ノアはいつだって誠実で思いやりに満ちた人なのですから。……変な話をしたのは、どちらかというと僕です」

「キリエが?」


 藍紫の瞳が、先を話せと促してくる。キリエは小さく頷き、素直に打ち明けた。


「……僕は、もっと賢くなりたいです」


 リアムは目を瞬かせ、少々何かを考えてから優しい声音で問いかける。


「なぜ、そう思ったんだ?」

「僕は、……みんなの話についていけないことが、時々あって。……ちゃんと分かるようにならなくちゃ、と思うのです」

「うーん……、お前の言うそれは、知識量や頭の回転云々の話じゃないな。ついていけない、分からない。それは、頭での理解ではなくて、心情的な理解のことなんじゃないか」

「え……っ?」


 戸惑うキリエの隣へ座り直したリアムは、宥めるように細い背を撫でた。


「キリエ。『賢い』の反対は何だと思う?」

「……『愚か』でしょうか」

「そうだな。キリエは今、自分は賢くない、愚かである、と言ったも同然だ。どうして、己を愚かだと思ったんだろうな? その理由はきっと、知識や経験が足りないことでも、難解な話題についていけないことでもないはずだ」


 正直に言ってごらんと促すような手の温もりに絆されるがまま、キリエは自覚したばかりの本音を心の底から取り出し、口にした。


「それは、──みんなが殺すのだと意気込んでいるカインに対し、出来れば殺したくない、と、思ってしまうから、……です」

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