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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第4章(最終章)
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【4-31】復讐は何も生まない

 キリエたちが食堂へ向かうと、既にイヴとアベルが待ち受けていた。彼らは使用人の制服ではなく、持参していた私服へと着替えている。魔族の姉弟は自由なようでいて、場を弁える性質だ。立ち上がった二人とレオンとルーナは、穏やかに挨拶を交わした。

 皆が着席したところで、キャサリンを伴ったジョセフが入室し、給仕を始める。茶菓子が行き渡ると、キャサリンは退室し、ジョセフは端に控えて直立した。


「……では、話し合いを始めましょうか」


 キリエがそう切り出すと、一同は首肯する。そして、ルーナが手を挙げた。


「それでは、まず、ジェイデン陛下からお預かりしている計画案についてご説明します。本件はこちらのレオン=メイクピースが任されたものでありますが、彼による口頭での伝達ですと内容に齟齬をきたす恐れもありますので、私が通訳してお伝えします」

「齟齬? 話せないわけではなかったはずだけど」


 ルーナの発言を受け、イヴは怪訝そうに首を傾げる。彼女は不審がっているわけではなく、単に不思議に感じているだけのようだ。


「確かに、ルーナ様の仰せの通り、」

「やめて。あたしには敬語も敬称もいらない。此処にはキリエもいるから、彼を含めた全体への言葉を畏まる必要があるのは分かる。でも、あたしたちには畏まらないでほしい」


 ルーナは困惑したように、キリエとリアムを見つめてくる。重ねて視線を寄越したリアムへキリエが頷くと、彼はルーナへ苦笑を向けた。


「この姉弟に対しては、敬おうとすると逆に失礼になると思っていたほうがいい。国や種族が異なれば、感覚や文化も違うのだろう。イヴの提案通りにしたらいい。俺も、そうする」

「了解だ。じゃあ、キリエ殿下に敬意を表する以外は適当でいいってことだね。私もそのほうがやりやすいから助かる」


 ルーナの雑な見解を聞き、やや物言いたげな顔をしたレオンだったが、キリエが許可している以上は口を出す気はないらしく、唇を閉ざしたままだ。そんな霧雨の騎士を、イヴとアベルは興味深そうに観察している。


「で、話せないわけじゃないのに通訳を必要としているのは、どうして?」

「そのまま話してくれればいいのに」

「この人は、生まれつき発話に難があってねぇ。喋れないことはないが、慣れていない人は聞き取りづらいだろうし、込み入った話なら尚更だ。互いに負担を減らすためにも、間に私が入ることになったのさ」

「あたしたちは気にしないのに。話せるのに話させないというのは、なんだか微妙」

「まぁ、まぁ。いじめてるんじゃなくて、気遣いのつもりさ。それは貴方たちに対してだけじゃなくて、彼自身にとってもそのほうが気が楽なんだ。そりゃあ、ゆっくりと会話ができる状況なら、直接話してほしいさ。この人、良い声してるしねぇ。でも、これから話し合うのは些細なことに気を取られてる場合じゃない大事なもんだ。だからこそ、あえてこうしたってわけさ」


 ルーナの説明を聞き、姉弟は納得したらしい。レオンも異論はないと言わんばかりに首肯している。これで話し合いに移行していくのかと思いきや、イヴは再びレオンに視線を固定して発言した。


「ねぇ。その火傷も生まれつき? 違うでしょ?」

「……」

「それって、カイン──あたしたちの兄のせいで負った火傷なんじゃない?」


 どう答えるべきか様子見しているレオンに対し、イヴは冷静に畳みかけてゆく。

 確かに、レオンの顔半分は焼け爛れて酷い痕が残っており、それはカインからの攻撃を受けて負ったものだ。ただ、レオンはそれをあえて明言したりはしない。その性格を熟知しているリアムも、察しているルーナとキリエも、黙って成り行きを見守る。


「そんなに酷い負傷の原因と血縁関係にある者と話し合いをして、貴方は平気?」

「……、……へ、へい、平気だ」


 沈黙を打ち破り、とうとうレオンが発言した。イヴとアベルは少々驚いて目を瞠ったものの、相手の口調に言及するようなことはない。


「……カ、カイン、に、お、お、思うところは、あ、ある。た、ただ、そ、そ、その、個人的、な、き、気持ち、で、か、彼、彼を、う、討たねば、と、お、おも、思っている、わ、わけじゃ、ない、ない、から」


 そこで一度言葉を区切ったレオンは、両手の指先で規則的な動きをして見せる。それは、手指の動作で言葉を伝えるもの──手話だった。十年ほど前からアルス市国で定着しているもので、彼の国で様々な事情から発話が難しい人々はこれを用いて会話をしているのだと云う。リツが丁寧に教えてくれたものをレオンとルーナはすぐに習得し、活用している。


「復讐は何も生まない。哀しみや虚しさが残るだけ。ましてや、戦いの最中に負傷するのは当たり前で、この火傷のことでカインに恨みなど無い。ただ、この国や世界の行く末を考えれば、カインを討たねばならないと思うから、自分は年末の決戦へ向けて積極的に動いているにすぎない。だから、イヴとアベルに対しても同志という感覚しか無いし、共に話し合うことも全く抵抗感は無い。それに、君たちはカインと違い、私の話し方を嘲笑ったりしなかった。そんな優しい君たちを、彼と同一視などしない。同じ種族であっても、個人個人それぞれの心を持っているのだから。──と、彼は言っているよ」


 手話を読み取りながらルーナが言葉を繋いでいくと、その結びでレオンも頷いて見せた。イヴとアベルも頷きを返す。


「それならいい。安心した」

「変な話し方だなんて思わないよ。だから、いつか、ぼくたちとゆっくり会話できたらいいね」


 魔族の姉弟の素直であたたかな言葉を聞き、レオンは目元を和らげて優しい微笑を浮かべた。

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