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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第4章(最終章)
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【4-30】まっしろうさぎ

 ◇



 朝食の後はキリエの承認印待ちとなっている書類をリアムと共に確認しながら処理し、簡単な昼食を済ませた後は来客に備えて待機する。

 本日は、レオンとルーナが訪問し、イヴとアベルも交えながら対カイン戦に向けて必要な準備──特に王都から国民を避難させる施策について、会議することになっていた。

王城内でジェイデンやコンラッド、各名誉称号騎士たちが出した意見を取りまとめて持参し、魔族との交渉をせよ。──その任を受けたのが霧雨の騎士・レオンであったのだが、彼の発話能力を考慮すると話し合いを円滑に進めるには難があるため、ルーナが同行して間に入る手筈になっている。


 レオンとルーナは、約束の時間より少しだけ早く到着した。相手を待たせず、かといって早く訪れて急かすこともない、ちょうどいい時間だ。


「こ、こん、こんにちは、キリエ様。ほ、ほ、本日は、き、貴重な、お時間を、い、いただき、あ、あり、ありが、とう、ございます」


 どうしてもぎこちない語り口になるものの真心を込めて挨拶をしてくれるレオンへ、キリエも笑顔と共に出迎えの言葉を贈る。


「こんにちは、レオン。ようこそいらっしゃいました。こちらこそ、足を運んでもらってありがとうございます。ルーナも、ようこそ」

「ごきげんよう、殿下」


 サリバン邸の主はあくまでもリアムなのだが、彼が従者として仕えている王弟という立場上、キリエが代表して挨拶を述べる流れとなっていた。だいぶ慣れてきたとはいえ、上位の者として下位の者へ声を掛けるのがまだまだぎこちないキリエを見て、ルーナはどこか嬉しそうに微笑み、短い挨拶を返してくる。

 ジェイデン直属の部下として仕事をしているからなのか、後にレオンの伴侶となることを意識しているのか、最近のルーナはキリエへ敬語を使い、呼ぶときにも敬称がつけられる場合が多い。彼女が気さくに語り掛けてくれることを好んでいたキリエとしては寂しいものだが、ルーナが盗賊としての半生を捨てて新たな道を歩み出しているのは喜ばしく応援したいとも思っていた。


 そんな少々複雑な思いをキリエが抱えていると知ってか知らずか、ルーナは目の前の王弟の顔を覗き込むように見つめてから、隣に立つ霧雨の騎士を見上げる。


「──で、レオン。結局アレは渡さないのかい?馬車の中に置いてきたみたいだけど」

「あ、あれ、あれは……、で、でも……」

「渡したいんだろう? 渡すなら、真面目な話し合いが始まっちまう前のほうがいい」

「だ、だけ、だけど、ル、ルーナ、」

「じれったいねぇ。渡しゃいいだろうに。殿下なら気持ちを汲んで喜んでくださるよ。……ということで、キリエ殿下。少々御前を離れます」


 そう言い残した彼女は、ひらりと手を振り、さっさと玄関の外へ出て行ってしまった。今しがたの会話から察するに、彼らが乗りつけてきた馬車へ忘れ物を取りに行ったのだろう。


「相変わらず自由な……」

「う、うちのが、す、す、すまない。キ、キリ、キリエ様、にも、も、申し訳、な、なく……」

「いいえ、キリエ様は御気にされないでしょうし、俺もルーナの言動に関しては今さら驚きはしませんが。むしろ、随分とおとなしくなったものだとすら思っていますので、そういった意味で驚いていますが」

「またリアムはそんなことを言って……、君はどうしてそんなにルーナに対して手厳しいのですか。レオン、気にしなくて大丈夫ですよ」

「お、おそ、恐れ入ります」


 そんなやりとりを交わしたところで、ルーナが素早く戻ってきた。彼女が小脇に抱えていた箱をレオンへ手渡すと、彼は数瞬だけ逡巡したものの、すぐに意を決した面持ちでそれをキリエへと差し出してくる。


「キ、キリエ様、こ、こ、これを……、よ、よろ、よろしければ、」

「レオン……?」

「キ、キリエ様、は、も、もう、り、り、立派に、ご、御成人、さ、されて、い、いらっしゃる、と、ぞ、存じて、存じております、が、そ、それ、でも、」

「受け取ってやってくださいませんか、殿下。何を幼稚なと思われる可能性もありますが、この人は誠意をもって貴方に贈り物をしたがっています」


 レオンの言葉を継ぐようにして、ルーナが促してきた。確認の視線を寄越す藍紫の瞳へキリエが頷き返すと、リアムがレオンの手から箱を受け取る。すぐに箱の蓋を開けた夜霧の騎士は目を瞠り、おずおずと中身を取り出した。

 レオンからの贈り物は、うさぎのぬいぐるみだ。──それは、かつてキリエが幼い頃、マルティヌス教会で「うさぎのおじさん」から貰ったものと同じだった。


「これは……」


 驚きで銀眼を瞠りながら、キリエは真っ白なうさぎを受け取る。幼い頃に抱いていたものより小さく感じるが、それはキリエが大人の身体になり、大きさの感覚が変わったからだろう。いずれにせよ、懐かしい感触だった。


「以前、この人が贈ったうさぎのぬいぐるみを、殿下は共に育った子どもの棺桶に入れてさしあげたとか。先日、不意にそのことを思い出して、どうしてもキリエ殿下にもう一度うさぎを差し上げたくなったそうで」


 代わりに説明したルーナの言葉に頷いたレオンが、更にそっと言い添える。


「き、きっと、そ、その子どもが、て、て、天国から、お願いを、し、してきて、く、くれたのでは、な、ないか、と。も、もう、大丈夫、だから、キ、キリエ様、に、か、返して、ほ、ほしい、と」


 もう大丈夫だから。──その言葉には様々な意味が込められているように感じられて、キリエの胸にあたたかなものが湧き上がってくる。ふわふわとした優しい感触を抱きしめて、キリエは屈託のない笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、うさぎのおじさん」


 あえての呼び名の意味を悟ったのか、レオンは慈愛に満ちた深緑の目を細めて嬉しそうに笑い、深々と一礼したのだった。

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