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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第4章(最終章)
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【4-28】いつか消えるときのこと

「それは……、カインとの戦いが嫌になったということか?」


 困惑気味に尋ねてくるリアムに対し、キリエは慌てて首を振った。


「いいえ、まさか! いえ、あの……正直なところ戦うのは気が進まないですが、そこから逃げようとしているわけではないですし、僕が逃げるわけにはいかないと十分に理解しています。そうではなくて、……今すぐという話ではなく、いずれ必要になったらという話です」

「いずれ……?」

「はい。カインとの決着がついて、ジェイデンの治世が落ち着いて、幸せな民が増えてきたような、そんな何十年後かの話ですよ」


 キリエが何を言わんとしているのか分かったのか、リアムは複雑な面持ちになる。しかし、異を唱える気配は無い。キリエは静かに先を続けた。


「もしも、僕たちの寿命がとても長かったとしたら、いつまでも王都にいるわけにはいかないと思うのです。頃合いを見て歴史の表舞台からは消えなくてはならないと、ずっと考えていました」

「国民は、キリエがどれだけ長く生きたとしても受け入れるだろう。むしろ、歴史の生き証人として、お前の存在を欲するはずだ。お前が無理をして消える必要など無い」

「無理をしているわけではないのです。……確かに、僕が半妖精人(ハーフエルフ)であることは周知の事実となりましたし、僕がどれだけ長生きしようと、おじいさまたちのように外見が老けなかろうと、受け入れてもらえるでしょう。……でも、君は?」


 リアムの視線が、わずかに揺らぐ。どう答えるべきなのかを悩んでいるのだろう。キリエは彼の言葉を待つことなく、言い募った。


魂結(たまむす)びのことを人間に口外するわけにはいきません。つまり、人々にとって、リアムは普通の人間です。異常な長命はごまかせません。それに、外見が老けないという妖精人(エルフ)の特性がもしも僕に及んでいたとしたら、君にもその影響がある可能性も考えられます。そういった場合、ごまかしが効くうちに安住の地へ移動しておくべきではないかと思うのです」


 何事も無く時代が進んでいけば、妖精人の住む森へ人間たちが立ち入ることは今後も無いだろう。そして、キリエとリアムが人間として異常な体質になったとしても、妖精人から見れば違和感は少ないはずだ。プシュケやソスピタが存命のうちに受け入れてもらい、妖精人の森で静かに暮らしながらウィスタリア王国の様子を遠巻きに見守る。──それが自分たちにとって最適な未来のではないかと、キリエは密かに考えていたのだ。


「俺の存在が足を引っ張っているのか。キリエにとっても、妖精人にとっても」


 そう語るリアムの声音は硬く、顔色も良くない。

 魂結びの儀を人々に知られてしまう危険性を、リアムは理解している。それが知れ渡ってしまえば、己の命を賭してでも助けたい存在がある人々が妖精人の生活や力を脅かしてしまうかもしれず、果ては人間の生命の理を崩してしまう恐れもある。妖精人が人々に応じなかったとしても、それはそれで新たな争いの火種になりかねず、現在もまだ残っている双方の間の溝も深くなるだろう。

 そういった懸念を重ね、その原因は自身にあるのだと思い憂鬱そうな表情をしている騎士へ、キリエは首を振った。


「いいえ、リアム。君が足引っ張りだなんて言っていませんし、そんなこと誰にも言わせません。自分を責めるのはやめようと、今さっき話したばかりでしょう?」

「だが、こればかりは……」

「それに、魂結びの件を抜きにしたとしても、ずっとこの場所にしがみついているわけにはいかないと、そう思っているのです。我儘を言えば、僕がこの地を離れるときには君にも一緒に来てほしい。これは本当に僕の我儘ですから、無理にとは言いませんが」

「俺はいつでも何処まででも付いて行くが……、」


 そこで口ごもったリアムの脳内では、かつてキリエが傍を離れようとしていたときを思い出しているのだろうか。しかし、今のキリエは、あの頃のように、己の出自や正体に苛まれて生き急いで遠くへ行こうと言っているわけではない。その違いを思い浮かべながら戸惑っているらしい相手へ、キリエは微笑みかける。


「僕が目指しているのは、この国がみんなに優しい場所であることです。裕福で豊かな人たちの幸福はそのままで構わないから、貧しく弱い人たちも、もっと救われる国であってほしい。そう訴える僕の小さな声を聞いてくれる人たちがいて、この国は少しずつ変わってきています。嬉しい変化です」

「ああ、そうだな。お前がいたからこそ、そんな動きが出てきた」

「ありがたいことに、そう言ってくれる人も少なくありません。……でも、その動きがもっと広まり、ずっと続いていくためには、僕はただの『きっかけ』であるほうがいいのです。僕がいなくたって、みんなの力でそれが受け継がれていかなくては。優しい国は、優しい世界は、一部の主張ではなく、そこで生きているみんなの意識から作り上げられるもののはずですから」

「……ある程度導いた後は、消えねばならないと。そうでなくては、所詮は主導者への依存から生み出された仮初の平和であると。……そう言いたいのか?」

「うーん……、そこまで硬くも極端でもないのですが、おおよその意味は同じかと」


 リアムの眉間に寄っている皺を指先でつつきながら、キリエは笑った。気負っていない、ごく自然な笑みだ。


「ジェイデンは、優しい王様です。彼の国を想う心は、きっと彼の子孫に受け継がれていくでしょう。人間は死と生を繰り返していき、様々なことを引き継いでいって、それが歴史となり、世界となるのです」

「……普通に死ねないのならば、それに代わる消失が必要となる。そう考えているんだな、お前は」

「はい。……君は、どう思いますか?」

「異存はない。キリエが納得してそうするというのなら、俺はそれを傍で見守るのが本望だ。お前が消えるのなら、俺も共に消えよう。そのときの俺が不老であろうが、年相応に老いていようが、それは変わらない」

「ありがとうございます。……普通の人と変わらない寿命であるなら、これは無駄な心配なんですけどね」

「ああ。……普通に死ねたらいいんだろうけどな」


 死を口にしているが、それは決して後ろ向きな想いからではない。それを互いに分かっている二人は視線を交わして微笑み合い、再び洋杯を手にして乾杯した。

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