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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第4章(最終章)
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【4-27】生への執着

「今こうして生きているのを悔やんでいる、という話ではない。むしろ逆だ」


 宥めるように銀髪を撫でてから、リアムは再度、手を握り込んできた。


「きちんと話すから、聞いてほしい」

「……はい、ちゃんと聞きます。最後まで」


 リアムが何を語るとしても、とりあえずは話の腰を折らず、感情をあまり起伏させず、耳を傾けよう。そう考えたキリエは、一呼吸おいて頷いた。


「──心残りというものが、まるで無かったんだ。六年前に没落していなければ、話は多少違っていただろうが……それでも、大差は無かったのかもしれない。幼い頃から、俺はこの世界に未練が無かった。……実際、まだ家が没落する前、遠征任務中に落石事故に巻き込まれて死にかけたことがある。大怪我を負って、これはきっと死んだだろう、とぼんやり考えながらも、俺は後悔も恐怖もまるで無かった。ああ、死ぬのか。そう思っただけだった。死の目前でさえ、何の未練も無かったんだ」


 キリエは絶句しながらも、胸中で蠢く動揺を鎮めようと努めた。もしもここでキリエが強い戸惑いを示したら、リアムはきっと口を閉ざしてしまう。そして、おそらくは二度とこの話をしないだろう。

それは嫌だった。直感ではあるが、これは聞いておかなくてはならない話だと思う。だからキリエは己を抑え、真剣に聞き続けた。


「目が覚めたときには病院で、上司や家族や友人、……ソフィアも、皆が見舞ってくれて、俺の生還を喜んでくれた。俺は、大切な彼らが悲しまずに済んだのは幸いだと感じたが、生き延びた喜びというものは特に感じなかった」

「……自分が生きていたことが、少しも嬉しくなかったのですか?」

「そうだな。……俺が死んだとしても、皆はきちんと生きていける。それなら別に俺が生きている必要は無いなと、そう思っていた。俺が生きていることに、俺自身が意味を見い出せていなかったから、せめて誰かの役に立って死ねたら本望だと思っていたのかもしれない」


 そんな悲しいことを言わないでほしい。そう伝えたい気持ちを込めて、キリエは手を握り返す。しかし、言葉は挟まなかった。リアムは全て過去形で語っているし、先程も現在の心情ではない旨を彼が口にしていたからだ。。期待と不安を織り交ぜている銀色の瞳を見つめながら、リアムは先を続けた。


「あの頃、──カインの襲撃で俺が瀕死になった頃。あの一件が起きる数日前から、俺はもしかしたら死ぬかもしれないと覚悟していた。キリエは、騎士の俺にとって最上の主君だ。主君のために命を散らせるのは僥倖だと、本心から思っていた。……だがな、その一方で、死ぬのが惜しいなと思っていたのも事実だ」

「えっ、君が……?」


 キリエに危険が迫ったとき迷わずに命を投げ打つのだ、と彼は幾度となく主張してきたのだ。それは哀しいほどに、ぶれることなく一貫した意地だったはずだ。キリエが命を大事にしてほしいと言っても、彼は決して耳を貸さなかった。その頑固さには、命を惜しむような隙は一切無かったはずだ。

 驚くキリエへ、リアムは柔らかな微苦笑を向ける。


「己の命を惜しんだのは、初めてだった。だからといって、お前のために死ぬのが嫌なわけじゃない。そこに抵抗感は一切無いんだ。……ただ、もし叶うのなら、もっと隣でお前のことを見守っていたかったと、俺が消えた後のお前は大丈夫だろうかと、そんな無念があった。初めての感覚だった」

「生きていたい、と……、そう願ったのですか?」

「そうだ。……不思議なものだな。キリエだって、俺が大切に思う他の皆と同じように、俺がいなくなっても問題無く生きていけるというのに。それなのに、隣にいてやりたいのに、傍にいたいのに、と……、こんなところで死にたくはなかったな、と、初めて悔やんだ。初めて感じた、『生』への執着だった」


 藍紫の瞳には、力強い光が宿っていた。生きていたいと、そう語っている眼差しだ。


「だから、魂結(たまむす)びの件で自分を責めるのはやめてほしい。お前のおかげで、俺は執着し始めたばかりの生命を繋ぐことが出来たのだから」

「……でも、僕が死んだら、君もそこで死んでしまいます」

「俺が生きたいと望んだのは、傍でお前を支え、お前の道行きを見守りたかったからだ。キリエの最期が俺の終着点であるのなら、本望だ」

「……だけど、寿命がどれほどなのか、分からないのです。とても短いかもしれないし、逆に人間とは思えないほど途方もない長さかもしれません」

「構わない。何者になったとしてもキリエがキリエであるのと同じで、俺も俺であることに変わりないのだから」


 どくり、どくり。キリエは、自身の脈動が大きくなったような気がした。その音は、手を握っているリアムにも伝わっているだろうか。きっと、伝わっているのだろう。彼は嬉しそうに笑んでいて、その紫眼に映っているキリエもまた自然と微笑んでいるのだから。


「俺が悔やんでいるのは、その長さがどうであったとしても、キリエの寿命を半減させてしまったことだけだ」

「それこそ、気にしないでって言ったじゃないですか。僕は、僕自身がそうしたくて、そうしたんです」

「キリエが気にするのをやめてくれるなら、俺も気にするのをやめる」

「ふふっ。分かりました。じゃあ、そうしましょう。この件に関して後悔するのは、お互いにもうやめる、ということで」


 キリエが笑うと、リアムの手は安堵したように離れていく。その指先を目で追いながら、キリエはぽつりと呟いた。


「僕は、君に生きていてもらうために、半妖精人(ハーフエルフ)として生を受けたのかもしれませんね」


 何を馬鹿なことを、と笑い飛ばされるかもしれないと思ったが、リアムは唖然として言葉を失っている。藍紫の瞳は、感じ入ったように煌めいていた。

 星を抱えた夜空のような目を見つめているうちに、キリエは胸に抱えていた考えのひとつを思わず口にしてしまう。


「リアム、……僕、やっぱり、おじいさまのいる妖精人(エルフ)の森で生きていこうかと思うのです」

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