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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第4章(最終章)
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【4-23】罪も咎も無い

 魔族の姉弟を話し合わせる前に、それまで得た情報をまとめてリアムがプシュケへ語り聞かせてくれた。本当はキリエが話そうとしたのだが、複雑な内容を簡潔にまとめるのが難しく、途中からリアムが語り手を交代したのだ。

 ひとしきり聞き終えたプシュケは、渋い表情で微かな唸り声を上げる。


「……なるほど、千年前のユージーンの愚行を、今度はカインとやらが画策しているのか。しかも、ユージーンよりも規模が大きく性質が悪い野望だ」


 妖精人(エルフ)の長老は深々と溜息をつき、憂鬱そうに言った。


「ユージーンは愚かだった。しかし、奴が狙いを定めたのはこの島……ああ、今の人間たちは中大陸と呼んでいるようだが、要はこの土地だけだった。我々妖精人を虐殺したが、己の同胞である人間は守り、魔族に対しても脅迫はしたがそれ以上の害は加えていない。──だが、カインはまるで違う。話を聞く限り、同胞を守ろうという意思は皆無で、種族を問わず殺戮を重ねようとしている。この世界を、己の種から生まれたもので満たすために。……ユージーン以上に愚かだ。絶望的なほど、愚かだ」


 プシュケが溜息を繰り返すと、イヴが彼を見つめて口を開く。


「貴方たちを、守りたい。今度こそ、守る」


 彼女の瞳は、痛々しいほどに真摯だった。


「カインと、彼の数少ない側近は別として、殆どの魔族はそう思っている。貴方たち妖精人は、決して死に絶えてはならない。この美しい島で、生きていってほしい。そのために必要な協力は、惜しまない。あたしたちが取るべき対応を決めるためにも、貴方の話を聞かせてほしい」


 テーブル越しに向かい合っている魔族の姉弟を、プシュケは静かに見つめ返す。その銀色の眼差しは、どこか冷ややかだった。


「この島にいる人間を一人残らず殺してほしいと言ったら、そなたたちはそれに従うとでも?」

「……従う。それが妖精人たちの願望であるのなら」


 イヴが苦しげに答えると、プシュケは苛立たしげな吐息を零す。


「話にならぬ。片方の意のままに片方を嬲り殺すのならば、魔族はこの千年の間、何の成長もしていないことになるな」

「でも、千年前の約束が、」

「その約束を交わした者たちも、そもそも事の発端の罪を犯した者も、もう誰一人生きていないというのに? ……いや、正確に言えば、当時幼児だった妖精人が二人、まだ存命だ。だが、千年前の約束のことなど、どうでもいいと言っている。何故なら、今生きている人の子たちには何の咎も無いからだ。それを分からず千年前のことに囚われているとは、魔族の間では時が止まっているのだろうか」


 手厳しい言葉を受け、イヴもアベルも心なしか青ざめた。しかし、プシュケはそれ以上は糾弾しようとはせず、隣の席に座っていたキリエを引き寄せ、膝に乗せる。成人しているのに幼子のように扱われるのは気恥ずかしいが、抗える雰囲気でもなく、キリエはされるがまま、祖父の膝に座ったまま大人しくすることにした。


「私とて、人のことは言えぬ。この子がいなければ、人間たちへ偏見の目を向けたままだった。……正直に言えば、今でも複雑な気持ちではある。私の両親は生き残っていたが、祖父母はユージーンの野望のせいで殺された。恨めしい。私の娘がウィスタリアの王と愛し合い、挙句に子まで身篭ったと知ったときには嘆かわしいと頭を抱えた。……だが、この子には何の罪も無い」


 この子、と言いながらプシュケはキリエの頭を撫でる。慈愛に満ちた優しい手だった。


「人間の血を引いていても、それを知っていても、この子の父親のせいで愛娘が命を落としたのだと分かっていても、それでも私はこの子が愛おしい。この子が何者であったとしても、この子には何の罪も無いのだ。千年前のことは勿論、我が娘の死に関しても、この子には何の罪も咎も無い。キリエと初めて対面したとき、それまでのわだかまりが全て溶けていくような気がした。──そして、悟ったのだ。罪を背負うべきではないのは、この子だけではなく、他の人間たちにも同じことが言えるのではないか、と」


 プシュケがここまで素直に心情を吐露したのは、初めてではないだろうか。祖父が抱いていた想いの深さに触れ、キリエの心に温かいものが込み上げる。


「私としては、人間たちに何かの償いをさせたりはしたくない。しかし、だからといって、手に手を取り合えるほど心を許してはならないと思っている。それは、私の個人的な思いというよりも、長老としての立場ゆえの思考だ。そして、人間とはその距離感でありたいというのは、私だけではなく妖精人全体の考えだ」

「……つまり、妖精人は人間の滅亡は望んでいない、と?」

「そうだな。……だが、私のその言葉があったから人間に手出しをしない、とはしてほしくない。自らの目で人間たちの性質を見極め、その上で結論を出してほしい。そうでなければ、千年前から何も変わっていないことになる。我々は、考えなければならない。過去についてではなく、今、そして未来のことを」


 イヴは途中から瞳を閉じ、噛みしめるようにしてプシュケの言葉を聞いていた。何度か頷きつつ何かを考えていた彼女は、吐息と共に呟きを零す。


「正直なところ、あたしは今、安堵している。……人間たちを滅ぼせと言われなくて、安心している」


 キリエは驚いて目を瞬かせたが、アベルは姉に同調して首肯した。弟に頷き返してから、イヴは言葉を続ける。


「あたしたちはまだ此処に来たばかりで、ごく一部の人間にしか会っていないし、此処に集まっていたのがどういう人間たちなのか知らない。……でも、ウィスタリアにとって重要な人間たちが集まっているらしいとは伝わってきたし、その要人たちは警戒しつつも、魔族のあたしたちを決して粗雑に扱わなかったし、蔑まなかった。そんな人たちが導いている国に、マデリンが生まれ育った国に、期待したくなるのは当然だ。……あたしは、滅ぼしたくなかった」


 魔族保守派と妖精人、それぞれの代表の視線と本音が絡み合った。膝に乗せている孫の頭を撫でながら、プシュケは穏やかに言う。


「結論は出たようだな。それでよい。……私も、そなたたちのために何か動けるよう、働きかけてみよう」


 その静かな言葉には、端々まで慈しみが滲んでいた。

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