【2-9】いつか全ての子どもたちへ
「キリエが目指しているのは、皆に優しい王国を作るために次期国王へ進言することだったな?」
質問を投げかけてくる藍紫の瞳へ、銀眼が頷き返す。
「はい、その通りです」
「皆というのは、貧富を問わず国民すべてということだろう?」
「はい」
「となれば、キリエが王家予算から貰うことになる金は、その広報活動のために使うべきだ。幸いなことに、キリエは贅沢を好まない。お前の生活は、俺が十分に面倒を見てやれる。ならば、せっかく得られる資金は全て有効活用するべきだ」
リアムの言うことが分かるような分からないようなというキリエは、曖昧な面持ちになった。その横顔を見つめ、リアムは柔らかく微笑む。
「疲れているだろうから、複雑な話はまた改めてしよう。要は、キリエの場合、ただ単に寄付を出すのではなく、広報活動に添える形の寄付にした方がいいだろうということだ。その方が、後々多くを救える可能性が広がる。しかし、そのためにはそれなりの活動資金が必要になる。そういう話だ」
「は、はい……?」
「まぁ、詳しいことは後日また改めて。今日はとりあえず休んで、明日は服を仕立てに行こう。正装もそうだが、普段の衣装もある程度は揃えなくてはな」
「はい、よろしくお願いします」
キリエが軽く頭を下げると、白手袋の大きな手のひらが撫でてくれた。気にするな、という意味なのだろう。
ほぅと息をつき、体の力を抜いたキリエは、城内にいるときから気になっていたことを尋ねてみることにした。
「そういえば、兄弟たちではなく、コンラッドの方からリアムを側近へと勧めてくれましたよね。コンラッドは君を高く評価してくれているようでしたし、他の騎士たちもリアムを敬っていましたし……、君は自分が思っているよりも人から好かれているのではないですか?」
その疑問に対し、リアムは苦笑を返してくる。
「王国騎士団内は上下関係が厳しいからな。五年前に失脚同然になったとはいえ、名誉称号持ちの騎士を侮蔑することは出来ないんだ。入団年数以上に称号の有無が上下関係を左右するから、王国騎士団内で俺に白い目を向けられる人間は少ない」
「なるほど……」
「宰相閣下には目をかけていただいていて有難いと思っているが、キリエの側近に俺を推したのは、サリバン家が没落しているからだろうな」
「えっ?」
「中途半端に力を持った生家持ちに頼るよりも、無力のゼロから始めた方がいいと思われたんだろう。……その辺のことも、追々話す。とりあえず今日はもう、難しいことは考えるな」
そう優しく促してくるリアムは、どこからか飴を出して手渡してきた。
「ほら、これでも食べて、外でも眺めてみろ。王都は初めてなんだろう? 興味を惹かれる場所があれば、今度案内してやろう」
「はい……、ありがとうございます」
王都までの道中でも、キリエはいくつかの飴を与えられている。今まで「飴のような何か」は食べたことがあったが、本当の飴はリアムから貰ったものが初めてで、口の中で転がす度にうっすら涙ぐんでしまった。こんなに甘くて美味しいものを、マルティヌス教会のあの子たちにも食べさせてあげられたらいいのに、と。
二個目以降は「贅沢は必要ありませんので」と拒んだこともあったが、リアムから「これを贅沢品と捉えているようでは王家の者と渡り合える人間にはなれない」と説得された。そして、「こういう飴を全ての子どもたちが当たり前のように食べられる王国を目指していこう」とも。
それ以来、キリエは飴を与えられ、その甘みを舌で感じるたびに「この甘味をすべての子どもたちに届けられますように」と胸の内で神に願うようになった。
新たにリアムから受け取った飴の包み紙を解き、琥珀色の飴玉を口の中へ放り込む。広がる甘味に涙が込み上げそうなのを堪えながら、キリエは心の中で神へ呼びかけて祈った。
馬車の窓の外を流れていく風景は、絵本の中でしか見たことがない、大きくて豪奢な建物ばかりだ。まるでおとぎ話の中へ迷い込んだ気分で、キリエはそれらを呆然と眺める。ずっと賑やかだと思っていたルースの街など比較にならないくらい活気があり、この騒がしさに慣れるまでは時間が掛かりそうだと感じた。
「──寂しいか?」
外を見て黙り込むキリエを気遣ってか、リアムが静かに声をかけてくる。キリエがそういった弱音をあまり吐き出さないが嘘はつかない性格だと把握しているからこそ、あえて直球に尋ねてきたのだろう。
キリエは頷き、微苦笑と共に答えた。
「そりゃあ、寂しいですし不安もありますよ。ずっと一緒に苦楽を共にしてきた家族と離れて、こんな大きな都に来て、やっぱり心はザワザワします。……でも」
「でも?」
「君が、リアムがいるから、寂しさは軽減されています。ありがとう。リアムがいてくれて、本当によかったです」
まっすぐな言葉を受け取ったリアムは照れくさそうな表情をしながらも、しっかりとした頷きを返してくれた。




