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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第2章
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【2-6】わたしの天使

「夜霧の騎士、リアム=サリバンよ。キリエ様のこと、くれぐれもよろしく頼むぞ」

「確と。このリアム=サリバン、身命を賭し、心を捧げて、キリエ様をお支えすると誓います」


 そう宣誓したリアムは立ち上がり、キリエの椅子の横に背筋を伸ばして立った。キリエは正式に次期国王候補であると認められ、リアムはその側近になったため、他の候補者の側近たちと同等の立ち位置に移ったのだろう。


 キリエとリアムそれぞれに頷きかけてから、コンラッドは再び御披露目の儀についての話を続ける。


「御披露目の儀は、来月──秋の第三月第二週一日目に執り行われる予定となっております。王都内の有力貴族の一部、各主要街からの使者からを招き、キリエ様が五人目の次期国王候補であることを御披露目するのが主目的ですな。そして、キリエ様には御挨拶文を読み上げていただくことになります」

「挨拶文……?」

「御自身についてのこと、次期国王選抜に向けての思いなど、ご自由に語っていただきたく存じます。おはなしいただく原稿につきましては、各使者が連れて来る書記係が書き写し、各主要街で掲示される予定でございます」


 キリエは困ってしまった。というのも、学校に通っていなかったキリエは、単独文字しか読み書きが出来ないのだ。

 ウィスタリア王国で使用されている文字は、ひとつひとつの文字が独立した形の単独文字と、文章を筆記するために連続して綴れる形の上位文字がある。街に掲示されている新聞も、一般的な書物も、全て上位文字が使われているのだが、貧民には縁がない文字であった。


「原稿作成に関しましては、側近となりましたリアムが補佐をして作成させていただくことになると存じます。何か御要望などございましたら、御遠慮なく申し付けください」


 キリエの悩みを見抜いたのか、コンラッドがさりげなく助言をしてくれる。安堵したらしい新米王子を見つめながら、宰相はさらに付け加えた。


「御披露目の儀では、他の御兄弟も参列されます。そして、皆様が御正装なさることになりますので、キリエ様にも正装用の御召物を作っていただかねばなりません。急いで仕立てさせれば間に合うかとは存じますが──、リアム。間に合いそうか?」


 衣装を仕立てたことなどないキリエは、そこでもリアムを頼ることになってしまう。それを見通したコンラッドからの確認に、リアムは肯定の返答をした。


「はい。腕が良く仕事が速い仕立て屋に心当たりがあります」

「一応、王子の正装なんですから、キリエのみすぼらしさと貧乏くささが多少は軽減するような衣装を作れる所に頼みなさいよ?」

「……心得ております」


 茶々を入れてくるマデリンに対し、リアムは無表情に応えてはいるが、内心では苛立っているのだろうことは隣のキリエには伝わってくる。

 そんな空気を知ってか知らずか、今度はジェイデンが口を挟んできた。


「キリエなら、絶対に見映えするはずなのだよ。そんな無粋な突っ込みを入れるなんて、それこそはしたないですわ~じゃないのか姉上? あぁ、もう姉だの兄だのはやめたんだったか」

「それこそ無粋な突っ込みとやらなのではなくて? はしたなくてよ」

「僕は別に、はしたなくてもいいぞ。はしたないと言われても、マデリンを罵倒する方を選びたいのだ」

「貴方、本当に一体なんなんですの!?」


 マデリンに鋭く睨まれても、金髪の王子は全く気にすることなく、キリエへ笑いかけてくる。


「安心するといい。我が王家の正装は、純白に金の飾りを施すという以外に決まりごとは無いし、どのような仕立てでもキリエの美しい髪にとても映えるはずだ。それに、君の騎士はなかなか良い趣味をしているからな、腕のいい仕立て屋を抱え込んでいるのは本当だろう」

「は、はぁ……」

「恐縮でございます」


 ジェイデンからの褒め言葉に対し、リアムが律儀に一礼したところで、今度はジャスミンが発言し始めた。


「ねぇ、コンラッド。難しいお話はそろそろ終わる?」

「ええ、そうですな。あとの細かいことは、後ほど改めてキリエ様にお伝えすれば大丈夫かと存じますので、皆様には御解散いただきましても、」

「解散するなら、もう動いていいよね」


 コンラッドの言葉を遮った水色の姫君は、えいっと椅子から飛び降りた。薄桃色のふわふわとしたドレスを揺らしながら、彼女は一直線にキリエの元へ駆けてくる。そして、何を思ったかそのまま飛びついてきた。


「わっ……」

「キリエ、会いたかったわ」


姫君が転げ落ちないように、キリエが反射的に抱きしめると、ジャスミンはなんとも愛らしい笑顔を見せてますますしがみついてくる。その光景を見て、ライアンが眉を顰めた。


「あ、あの、ジャスミン……?」


 嗅いだことがない甘い花のような匂いと身体に当たる柔らかな感触に困惑しながら、キリエは内心で焦りつつ声を上げるが、ジャスミンはふわりと喋りながらもキリエに抱きついたままだ。


「あのね、わたしの金ボタンをキリエが拾ってくれたの。失くしちゃったら大変なものだから、とても困っていたの。キリエが届けてくれて、とても助かったわ。ありがとう」

「あ、あれはジャスミンのボタンだったのですね。……ぁ、いえ、僕はただ届けただけで、拾ったのはまた別の人でして、その、」

「キリエが届けてくれなかったら、わたしたちは会えなかったわ。わたし、ずっと、天使に会いたかったの。キリエはね、私の天使なのよ。私のために来てくれた、天使」

「え……っ?」


 急に話題が変わったような気がする。それに、ジャスミンの言っていることが、よく分からない。妖精人と言われたことはあっても、天使と言われたことはない。むしろ、ジャスミンの方が天使のように愛らしい。

 困り果てたキリエがリアムを見上げると、彼もまたどうしたものかと苦笑していた。

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