【1-15】月夜の人形会
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馬車での急ぎ旅も二日が過ぎ、あとひとつ森を抜ければ王都に着くという地点で休憩をとっているのだが──
「キリエ、もう少し食べられないか?」
「うぅ……、無理そうです。ごめんなさい」
パンを半分、チーズをほんの一口ほど食べただけで食事の手を止めてしまったキリエに対し、リアムは深々と溜息をついた。申し訳なさそうな顔をしている銀髪の青年に対し、騎士は優しく諭すように言う。
「今までの食生活が厳しいものだったというのは、分かっているつもりだ。だが、それにしたってお前は小食すぎる。まずは、その痩せすぎな身体をどうにかしなくては」
「固形物はあまり食べていなかったので慣れないというか……、そもそも、こんな白くて柔らかいパンなんて今まで縁が無かったので、眺めるだけでお腹がいっぱいというか」
「眺めているだけじゃ、腹は膨れない。ほら、せめてあともう一口、頑張れ」
王都への旅が始まってからというもの、キリエへの食育に目覚めたらしいリアムは、ご丁寧に白手袋を外した指先でパンを千切り手渡してきた。一口分にしては、やや大きい気がする。それでもキリエが口に入れて懸命に噛みしめると、白手袋を嵌め直した手に頭を撫でられた。
「えらいな、キリエ。少しずつでいいから、きちんと食べられるようになろう。むしろ、今は馬車旅だからこんな粗末な食事になってしまっているが、王都に着いたら主菜や副菜もきちんと用意する。徐々に量も増やしていくつもりだ」
「うぅ……、きちんと食べられるようになったら、僕もリアムのようにしっかりした体になれるでしょうか」
リアムはキリエよりも頭ひとつ分以上背が高く、見るからに立派な体躯というわけではないが、ちょうど良い筋肉がついて引き締まった体格だ。
羨ましそうに眺めてくるキリエに対し、リアムは微笑ましげな視線を返してきた。
「よく食べて、よく体を動かして、健康的に育つことを期待したいところだな」
「……その生温かい眼差しが、お前には無理だと語っている気がします」
「そんなことはない。期待しているのは本当だ」
「現実的ではない期待だというのはひしひしと伝わってきます……」
馬車内での会話は御者には聞こえないため、この二日間はずっと気心知れた話をしていたからか、キリエとリアムはだいぶ打ち解けた。
思えば、今までキリエにとって友人と呼べる存在はエステルくらいで、年齢の離れた孤児たちは弟妹として見ていたし、働いていた街中では孤児への差別が激しく、特に同年代で親しく会話を交わせる相手はいなかった。だいぶ年上の世代になると孤児の身の上を憐れんで優しくしてくれる人たちもいたけれど、当然ながら友人関係ではないし先方からしてみれば近所の若者でしかなかっただろう。周囲の農民たちも年齢層が高く、数少ない同年代の子らはある程度の年齢になると遠方の寮制学校へ行ってしまった。
エステルとも離れてしまったし、そもそも彼女に対しては相手が女の子だからという遠慮や配慮も少なからずあった。そういったものを抜きにして話が出来る友人であるリアムは、とても貴重な存在だ。
もっとも、それなりに年齢差があるため、リアムにとってのキリエはそれこそ弟のようなものかもしれないが。
「どうした、キリエ? 大丈夫だ。成長期が過ぎていても、背が伸びたり体が大きくなったりすることはある」
「……お気遣いありがとうございます」
急に黙り込んだキリエを気遣ってか、リアムが心配そうに顔を覗き込んでくる。彼の優しさはありがたいが、気にしてもらう部分が少々ずれているように思えた。だが、リアムに悪意など一欠片も無いことを分かっているキリエは、そのまま話題を流す。
──そのとき、不意にリアムが表情を引き締め、周囲を探るように視線を窓の外へ向ける。腰から外していた剣を手に取った彼は、真剣な瞳でキリエを見つめた。
「キリエ、絶対に外に出るな。俺が立っている方の扉の陰になるように、身を小さくして隠れていろ」
「えっ……、はい。でも、あの、何か?」
「複数の輩に観察されている。尾行されていたのかもしれない。馬車が止まっているうちに襲い掛かろうと、その機会を見極めるために様子を窺っているんだろう」
絶対に外に出るなと念押ししてから、リアムは素早く馬車の外に出る。その横顔は、普段の穏やかな様子とは打って変わり緊張感に満ちていた。キリエは言われた通り、リアムが出て行った側の扉の窓の下あたりで膝を抱えるようにして縮こまる。
「トーマス? ……トーマス、どこだ?」
トーマスとは、御者の名前だ。危険な状態にあることを知らせたいのだろうが、姿が見えないらしい。今まで、トーマスは休憩中でも御者台を離れたりはしなかった。キリエの胸の内を嫌な予感が満たしてゆく。
「トーマス?」
「へ~、このお爺さんは、トーマスって名前なんだねぇ?」
知らない女の声が聞こえた。キリエの両腕に鳥肌が立つのと同時に、リアムが剣を抜いた音もする。そちらを見ているわけではないのに、殺気と殺気がぶつかり合う気配が伝わってきた。
「残念でしたねぇ、あと三秒くらい早く気付いたなら、トーマス爺さんは気絶せずにすんだかもしれないのにねぇ。でも、そもそも私たちの気配に勘付くってだけでも凄いんだけどねぇ。だから、騎士様は自分の耳を誇ってもいいと思いますねぇ」
「──何者だ? トーマスを離せ」
会話から察するに、トーマスは気絶した状態で人質になっているのだろう。リアムが冷静に応じた後、馬車の周囲の殺気が増えてゆく。足音と、何らかの武器であろう金属が揺れる音もする。どうやら、何らかの集団に取り囲まれてしまっているようだ。
一瞬、馬車を引いている馬たちが騒がしくなり、車体も大きく揺れたが、すぐに静まった。
「私たちは、『月夜の人形会』って名乗っているねぇ。可愛いお人形さんが大好きな団体ですねぇ」
「……裏競売で人身売買を手掛けている盗賊団だな」
「さすが騎士様、よく知っているねぇ。はい、拍手~」
女が促すと、周囲の一同が一斉に拍手を始める。力が込められておらずまばらな拍手だが、それが薄気味悪さを際立たせていた。そして、バラバラに打ち鳴らされていた手の音が、今度は同時にピタッと止む。主導者と思われる女が何か指示をしたのかもしれない。
「貴様らの用件は何だ?」
「えーとねぇ、あなたも綺麗なお顔をしていると思うし、そう、それこそ左目のところの泣きぼくろなんて堪らなくそそられるんですけどねぇ、今回はちょっと違うんですねぇ」
「早く言え。貴様らの用件は何だ?」
「それじゃあ言いますねぇ。……馬車の中にいる可愛い銀のお人形さんをく~ださい!」




