【2-119】切なくも真っ直ぐな
「セシルの切ないおはなし……?」
「はい。……今まで、身の上話ってあんまりしたことないんです。話したくなかったし、リアム様も他のみんなもマリー師匠のお店で働いていた以前のことは触れずにいてくれたので。……でも、どうしてでしょうね。キリエ様に聞いていただきたくなったんです。……ダメですか?」
セシルに無理をしているような様子は無く、本心から語りたがっているようだ。以前、エレノアの過去話を聞いたときの雰囲気と似ている。
リアムも時折ぽつりぽつりと過去の話を口にするが、そういったときの彼は物憂げなこともあるものの、穏やかな顔つきの場合が多い。ずっと密かに抱えてきた思いを口に出すことで、楽になれるときもあるのだろう。
「僕でよければ、お聞きしたいです」
「ありがとうございます。では、リアム様がお戻りになるまでで構わないので、暇つぶしとしてお付き合いください」
セシルに椅子を勧めようかと思ったのだが、リアムが座っていた場所に腰を下ろすことなど彼は決してしないだろうと考え直してやめた。
話を促すようにキリエが頷くと、セシルは記憶を手繰り寄せたのか懐かしげな表情で語り始める。
「ボクは、幼い頃からずっと女性の服を着て生きています。はじめは両親も嫌がっていたのですが、もともと大雑把な性格の人たちだったこともあり、諦めて認めてくれました。ただし、条件はありましたが」
「条件?」
「はい。世間から白い目で見られたとしても己を貫くというのなら、せめて文句を言わせないように己を磨き鍛え上げなさい、と。だからボクは勉強も運動も頑張りましたし、時には拳に物を言わせて相手を黙らせたこともありました」
「拳で……?」
「はい。若気の至りでした。今はそんなに乱暴なことはしませんので、ご安心ください。──襲撃を受けた場合は例外ですが」
セシルはとても可愛らしい外見であり、雰囲気も柔らかい。彼に血気盛んな少年だったときがあったなどと、キリエには信じがたかった。
そんなキリエの視線を受け、何か感じるものがあったのか、セシルは微苦笑を浮かべる。
「ボクがこういう格好をしているから仕方ないんだと思いますが、貧弱だとか女の子っぽいとか思われてしまうことが多いんですよねぇ……」
「えっ、あ、そんなつもりではないのですが……、でも、やっぱりセシルは可愛らしい印象が強くて……すみません」
「謝っていただく必要は無いですよ。こちらこそ、お気遣いいただいてしまって申し訳ありません。……いいんです。ボクが普通ではないのだということは、自分でも理解していますから。ただ、他者の目にどう映っていたとしても、ボクは男なんです。結婚したい女性だっていました」
「えっ……?」
銀色の瞳に、強い興味が滲む。キリエ自身は恋愛感情に縁が無いものの、人の恋愛話に耳を傾けるのは嫌いではないということに最近気がついてきた。
興味津々といった様子のキリエを微笑ましそうに見つめながら、セシルはゆったりとした語り口で先を続ける。
「ボクは成人して故郷を出た後、マリー師匠のお店で修業をしながら働かせていただいていたんですが、そこで出会った同じ年の女性が大好きだったんです。先方も、こんなボクのことを好きだと言ってくれて、二人で一緒に開業資金を貯めたら結婚して、夫婦で仕立て屋さんを開こうって約束をしました」
「わぁ……、素敵な関係ですね」
「そうですね。とても幸せでした。大好きな師匠の元で働けて、愛しの彼女とともに働ける……、幸せな日々でした。だから、幸せに目が眩んでいて、彼女の気持ちをきちんと分かってあげられなかったのかもしれません」
セシルは切なげに目を伏せ、寂しげな声音で言った。
「十分な資金が貯まり、師匠からも独立への許可と結婚への応援をいただけて、──だからボクは、節目として彼女にきちんと求婚しようと思ったんです。男として、男の格好をして」
「ということは……」
「はい。男性の礼服に身を包んで、結婚してほしいと彼女にお願いしました。そうしたら、彼女は泣いたんです。……嬉しくて、ではなく、ボクへの拒否感情で」
「……えっ?」
話の流れからして、彼女は泣いて喜んだのではないかと考えていたキリエは、驚いて目を瞬かせる。セシルはエプロンの裾を緩く握り、自分を責めるように笑った。
「後で知ったのですが……、彼女は、女性しか愛せない人だったみたいで。でも、神様は同性間の恋愛を禁止しています。そこで彼女は、女性の格好をしているボクが相手であれば、世間的には正しい恋愛・結婚が出来るのではないかと考えたらしくて。彼女にとってのボクは、ずっと『ほぼ女性』だったのでしょう。婚前ということでまだ清い関係でしたから、余計に。──だから、男の格好をしているボクには嫌悪感しか無かったんですね」
「そんな……」
「ボクはたまたま女性用としてデザインされている服を着るのが好きなだけで、身も心も普通の男です。女性になりたいわけじゃない。でも、彼女の目には、ボクが男であることを捨てようとしているように見えていたんでしょう。……ボクは、それに気づいてあげられませんでした。結果的に、彼女をひどく傷つけてしまった」
「セシルのせいじゃありません。……それに、君のほうが傷ついてしまったのでは?」
キリエは彼を擁護する言葉を口にしたが、セシルは頑なに首を振る。キリエが更に言葉を重ねようとしたところで、──リアムが戻ってきてしまった。
「すまない、待たせたな。……どうした、何かあったか?」
室内の空気に異変を感じたらしいリアムが心配そうに二人を見比べてきたが、セシルはパッと満面の笑みを浮かべて一礼する。
「いいえ、なんにも! あ、お茶が冷めてしまいましたので、新しいものに淹れ直してきますね」
「ん? ああ、分かった」
セシルはポットを抱えて頭を下げ、そのまま退室しようと歩き始めた。リアムは引っ掛かりをおぼえていたようだが、とりあえずはセシルをそのまま行かせるらしい。頑なに笑顔を崩さないフットマンの背へ、キリエは思わず声を掛ける。
「セシル、僕は素敵だと思います!」
「えっ……?」
「セシルはとても可愛いけれど、でも、同時に格好良くて素敵な人だと思います」
自分らしさを通している生き方も、自分のほうが傷ついただろうに相手の心の傷を思いやり責めようとしない強さも、キリエは素直に格好いいと感じた。
振り返ったセシルは、切なさと、しかしそれを上回る嬉しさを滲ませてくしゃりと笑う。そして、丁寧に頭を下げて部屋を出て行った。
「……何の話だ?」
怪訝そうな面持ちのリアムに対し、キリエは微笑んで言う。
「セシルはとても素敵な男性だと改めて思った、というおはなしです」
「……?」
リアムは首を傾げたが、キリエの表情に憂いが無いことを確認し、それ以上は追及しようとしなかった。




