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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第2章
136/335

【2-118】心の中で泳がせて

 ◆◆◆



 最終討論会が三日後に迫っている、本日。

 キリエは私室で自分宛の手紙に目を通しており、リアムは共にテーブルに着いて見守り、セシルが給仕役として付いていた。なんとも、のんびりとした時間である。


 最終討論会へ向けて何か準備をしたほうがいいのでは、とキリエは身構えていたのだが、それをリアムが止めたのだ。キリエに何よりも必要なのはリラックスだと言い張る彼は、公務で赴いた先から届いた感謝状(当然ながらリアムが事前に検閲済である)に目を通すことを勧めてきた。

 感謝状の中には子どもたちからの寄せ書きが添えられているものもあり、それを眺めるのは確かに癒される。


 そんなキリエを眺めつつ、リアムは手元の資料に目を通していた。その資料は、布地の切れ端がたくさん貼られている紙の束であり、仕立て屋のマリウスから貸し出されているものだ。布とキリエを交互に見比べつつ、リアムと傍に立つセシルは意見を交わしている。


「この色はどうだ?」

「品があって素敵な色ですし、キリエ様にお似合いになるとは思いますが、少し落ち着きすぎているかもしれません」

「うーん……、そうだな、もっと柔らかい色がいいような気がする」

「そうですね、春用のお召し物ですし」


 ──そう、彼らはキリエの春用の衣装の生地選びをしていた。

 贅沢を好まないキリエとしては、夏以外の季節は同じ衣服を着回して良いという考えなのだが、季節に合わせた衣装を持っておくべきだと説得されてしまったのだ。

 とはいえ、キリエは色やデザイン等にこだわりが無く、お洒落の知識も無い。そこで、低予算であれば何でも構わないから自分の代わりに選んでほしい、とリアムとセシルへ頼んだ。そして、彼らは意気揚々と依頼を遂行しているというわけである。


「この……薄桃色と亜麻色が混ざったような、この色の生地はどうだろう? いや、あまり男向けではないか……?」

「いいえ、デザイン次第だと思います。少し濃い目の差し色を入れて、かっちりと伝統的な仕上げにしたりしたら良いかもしれませんね」

「なるほど……、似合いそうだな」


 セシルからの意見にリアムが頷いたところで、ノックの音が聞こえ、ジョセフが一礼と共に半身を覗かせた。


「失礼いたします。──リアム様、少々お話をよろしいでしょうか」

「分かった。……キリエ、少しだけ席を外す。といっても、ドアのすぐ向こうにいる。遠くへ行くわけではないし、何かあれば呼んでくれればすぐに来るから」


 キリエの耳に入れたくない重要な話があるのだろう。近頃、時々こういうことがある。彼らが何を話しているのか気にならないわけではないが、キリエは二人を信用しているので深く追及はしていない。

 だから、今回も素直に頷いた。


「分かりました」

「すぐ戻るから、待っててくれ。セシル、キリエを頼む」

「かしこまりました」


 セシルが一礼すると、リアムは席を立って廊下へと出て行く。閉められたドアを見つめ、キリエは小さな溜息を零した。


「なんだか切ない溜息ですね、キリエ様」

「えっ……、そうですか?」

「はい。寂しいですか?」

「うーん……自分でハッキリと寂しいって思っていたわけではないのですが、そう言われると寂しいのかもしれませんね。そんなの、僕のワガママだと思いますが」


 リアムとジョセフが何の密談を交わしているのかは分からないが、彼らがキリエを除け者にしたいわけではないのは理解している。きっと、キリエを守るために、傷つけないために、そうしてくれているのだろう。

 だからこそ、そんな二人の態度に対して寂しさをおぼえるなど傲慢なのではないか、とキリエは考えていた。


「ワガママなんかじゃありませんよ。だって、キリエ様はその気持ちをリアム様にぶつけて困らせたりなさらないでしょう? 今だって、ボクが問いかけたから素直にお答えくださっただけで、御自分から愚痴や不満を零されるわけでもありません。──心は自由です。どんな気持ちを抱いていても、それを罰することなんて誰にも出来ませんから」

「心は、自由……」

「そうです。表に出してしまうと、咎められたり、嫌がられたり、ワガママだと思われたりする感情もあるでしょう。でも、その思いを心の中でこっそり泳がせるのは自由です。だから、今のキリエ様の寂しさは、ワガママなんかじゃありません」


 そう言って笑うセシルを見ていると、キリエの胸の内に漂っていた寂寥が薄れてゆく。気持ちが穏やかになったキリエは、ほっとして微笑んだ。


「ありがとうございます、セシル。君とお話ししていると、いつもあったかい気持ちになります。セシルは、相手の気持ちに敏感な優しい人ですよね」


 その言葉を聞いたセシルは、大きな瞳を揺らがせる。そして、彼らしくないどこか自嘲めいた口調で呟いた。


「いいえ、……ボクは、かつて一番大切な人の気持ちに気づいてあげられませんでした。だから、決して人の気持ちに敏いわけではないんです」

「そうなのですか……?」


 セシルは、いつも人を気遣って細かい気配りをしているように見える。少なくとも、そういう印象を抱いていたキリエは、意外そうに眼を瞬かせた。

 しかし、セシルは、それこそ淋しそうな微笑を浮かべた。


「キリエ様。もしよろしければ、リアム様が戻られるまで、ボクの切ない話にお付き合いくださいませんか?」

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