【2-116】同一の黒幕
ジョセフの報告を聞き、キリエは驚きで絶句し、ジェイデンとマクシミリアンは表情を険しくして唇を引き結んだ。リアムは冷静に質問を投げかける。
「その男はどうしている?」
「それが……、一瞬の隙に毒薬を呷ってしまったようで、既に死んでいます。身分を示すものは何も持っておりません。身体・衣装のいずれにおいても外見的な特徴は無く、どこの何者かは分かりかねます」
「……そうか」
敷地内で死人が出たらしいという事実に、キリエは青ざめる。そんな主を落ち着かせるべく細い背を撫でながらも、リアムは家主として更に状況確認をした。
「怪しい気配をひとつ、俺も一瞬だけ感じ取ってはいたんだが、それがおそらくその男だろう。他に不審人物はいるか?」
「いえ、単独犯のようです。只今、念のためセシルとエレノアに屋敷内外の点検をさせております。そして、エドワードが近場の騎士詰所へ報告をしに行っております」
「そうか……、放火が未遂で済んだのは幸いだった」
「はい、本当に。私が気配を察知した瞬間にエドワードを走らせ、偶然近くにいたセシルも駆けつけて投擲攻撃で牽制いたしましたので防げましたが、危ないところでございました。キリエ様もジェイデン様も御無事で何よりでございます」
ジェイデンは静かに立ち上がり、キリエたちが座っているソファーへ近づいてくる。金眼に促されてリアムは立ち上がり、代わりにジェイデンがキリエの隣へ腰かけた。
「大丈夫か、キリエ?」
「……正直なところ動揺していますが、大丈夫です」
「そうか。──リアムは色々と確認しなければならないことがあるだろう。僕とマックスがついているから、その間に少し君も落ち着くといい」
「……はい」
力なく頷くキリエの肩を抱きながら、ジェイデンがリアムへ目配せする。キリエのことは任せてするべきことをしてこい、という合図だ。
確かに、リアムが不審者の遺体を確認しておく必要も、キリエの耳へ入れないようにしてジョセフとしておきたい話もある。今のところ、リアムが察知できる範囲内に不審な気配は無い。キリエの傍を離れるのであれば、今が最適だろう。
「マクシミリアン」
「分かっているよ。いつも君には一歩劣っているけれど、私だって名誉称号をいただいている騎士だ。信じてほしい」
「信じている。──キリエ様のこと、くれぐれもよろしく頼む」
「ああ、勿論だとも。任せてくれたまえ」
マクシミリアンに主君の護衛を頼み込んだリアムは、キリエの傍へ跪き、まだ少し動揺している銀色の瞳を覗き込んだ。
「キリエ様、私は御傍を少々離れます。ジェイデン様とマクシミリアンから離れず、この部屋でお待ちくださいますか?」
「はい。……リアムも、危険なことはしないでくださいね」
「もう危険が無いことを念のために確認しに行くだけでございますので、どうぞご心配なさらず。それでは、行ってまいります」
キリエとジェイデンに一礼し、リアムはジョセフを伴って退室した。
暫く無言のまま廊下を進んでから、リアムが静かに語りかける。
「──素人ではないだろうな」
「ええ、おそらく」
「月夜の人形会でもないだろう」
「はい。気配の殺し方が違いましたし、何より、彼らはキリエ様を傷つけるつもりはないでしょう。火事を起こせば、最悪の場合にはキリエ様の御命に関わります」
「そうだな。キリエの命に危険が及ぶ手段をあいつらが選ぶとは思えない。……だが、裏にいる人間はそうではないだろう。そして、前回と今回の黒幕は同一である可能性が高い」
前回、月夜の人形会が襲撃してきた際、リアムはちょうどキリエの傍を離れていた。普段はずっと主君の隣に張り付いているリアムが離れざるをえなかったのは、名誉称号騎士の集会があったからだが、この集会予定を知っている者は限られる。
本日の放火に関しては、ちょうどジェイデンが来訪しているときであった。ただの偶然だった可能性もあるが、リアムやジョセフが気配に敏感であることを知っているからこそ忍び込みに適した人材を単独犯で送り込んできたと思われるため、敵方の情報収集能力は高いと見ておくべきで、そうなるとジェイデンの来訪予定が把握されていてもおかしくはない。キリエとジェイデンを同時に片づけたかったという確率が高いだろう。
王国騎士の情報入手が容易く王子たちの動向も予想しつつ探れる人物が裏にいるのであろうし、その条件を満たす人間はそう多くはない。
「……厄介だな」
そう独りごちるリアムに対し、ジョセフは黙って頷き同意を示した。




