【2-115】何かを救うためには
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──冬の第二月第二週、三日目。
ジェイデンとマクシミリアンが再びサリバン邸を訪れていた。
来週、次期国王選抜においての最終討論会が開催される。選抜投票開始前に行われる最後の公式討論会であり、それに向けての話し合いや確認が必要だったのだ。
ジェイデンから渡されたルース地方の裏台帳の写しを見て、キリエは複雑な面持ちで頷いた。
「ここに書かれている税額は、ルースの街周辺で実際に徴収されているもので間違いないと思います。マルティヌス教会周辺の農家さんが話していた税額と、ほぼ同じです」
「やはりそうか……。確認ありがとう、キリエ」
「いえ……、でも、これが王家が定めている税予算と異なるというのは本当ですか?」
「残念ながら、事実なのだよ。王国予算委員会が定めた税予算の控えも確認したが、この裏台帳の半分から四分の三ほどで設定されていた」
「そうなのですね……、教えてくれて、ありがとうございます」
キリエは肩を落として俯きながらも、気丈に礼を言う。隣に座るリアムは心配そうに見つめているが、ジェイデンは正面のキリエをしっかりと見据えたままだ。
「ルースだけではなく、他の地方でも不正徴収が行われているという事実を確認している。これは、由々しき事態だ。最終討論会でも、この件は取り上げる。そして、僕が即位した場合、不正徴収をしていた者たちは国法に則って厳しく処罰するつもりなのだよ。──当然、処刑せざるをえない者もいる。それは、キリエにも理解してもらいたい」
「……」
「君が掲げる理想は、分かっているつもりだ。貧富を問わず皆に優しい王国──、それはとても素晴らしいことだと思う。だが、何かを救うためには何かを犠牲にしなければならない。それに、不正徴収は民を貧しくさせる重罪だ。罪人を裁くことで罪なき民を救えるのであれば、それは犠牲とは言えないと思うのだよ」
ジェイデンの口調は落ち着いているが冷たいというわけではなく、むしろキリエを気遣っているような優しい響きを孕んでいる。彼の言葉を聞いたキリエはしばらく考え込んでいたが、最終的には頷いた。
「……はい、分かりました。といっても、僕は話を聞いているだけで何の役にも立っていないのが心苦しいです。ジェイデンばかりが大変な思いをしているようで、ごめんなさい」
「そんなことはないのだよ。キリエだって、公務をたくさんこなしているだろう? 王都近辺だけではなく地方の平民たちの間でも君の支持率が急上昇しているという話は、僕の耳にも届いている。キリエの支持率が上がると、共に動いている僕への好感度も上がっていく。十分に助かっているのだよ」
ジェイデンは柔らかな声音で諭してくるが、キリエは静かに首を振る。
「いいえ。君にばかり負担が偏っているのは事実です。もっと僕にも出来ることがありませんか?」
「……キリエには、今のままのキリエでいてほしい。それが一番、僕にとっては救いになるのだよ」
「救い? 僕が孤児院や教会で広報活動を続けることが、君の一番の助けになるということですか?」
「ははっ。……うん、そういうことだ」
キリエは微妙にずれた捉え方をしていたが、ジェイデンはそれをあえて訂正したりはせず、満足げに笑った。
応接内に立ち込めていた緊張感が和らぎ、それぞれの側近たちも安堵したように表情を緩めたところで──外で何やら騒がしい声が複数聞こえる。二人の騎士は瞬時に警戒態勢になった。
「な、なんでしょう……?」
「セシルとエドの声が聞こえました。我が家の敷地内で何かが起こったのでしょう。とはいえ、すぐにこの場を離れなくてはならない事態ではなさそうです。おそらく、じきにジョセフあたりが報告に参るでしょう。キリエ様も、ジェイデン様も、しばしこの場でお待ちください」
不安そうなキリエの声に反応し、リアムが冷静に言葉を紡ぐ。それに対し、ジェイデンは平然と頷いたが、キリエは心配そうに顔を曇らせた。
「最近、怖い事件が色々と立て続けに起こっているようで……、心配ですね。王立教会の大神父様が自害されたり、何の兆候もなく行方不明になっている有力貴族も複数名いるとのことですし」
キリエ以外の三人は、大神父たちの身に起きたことの経緯を把握している。しかし、それを悟られないようにするための発言を、リアムが静かに繰り出した。
「現在は、次期国王選抜という国にとって重要な期間でございます。次期国王がどなたであるのかによって、国民──特に貴族の身の振り方は大きく違ってまいります。次期国王選抜も終盤に差し掛かっておりますので、裏の勢力が凌ぎ合うのも致し方ありません。つきましては、今後も色々と不穏な出来事が起こる可能性がございますので、キリエ様もジェイデン様も私やマクシミリアンから離れないようお願い申し上げます」
「はい、分かりました。十分に注意します」
大真面目に頷くキリエは、リアムが大神父等の件から話題を引き離そうとしたことに気づいていない。それに加え、時を見計らったかのように、ノックと共にジョセフが入室してきた。執事は渋い面持ちで一礼し、すぐに用件を伝えてくる。
「ご歓談中、失礼いたします。──先程、当屋敷に火を点けようとした不審な男を捕らえました」




