【2-110】家名を捨てない理由
「まず、私が結婚しているかどうかという御質問ですが、答えは未婚です。何故なら、私は結婚することを許されておりませんので」
「結婚が許されていない……?」
「はい。私の生家であるオールブライト家では、長男以外の結婚は認められておりません。私は三男ですので、結婚は出来ないのです」
キリエは銀眼を瞬かせて戸惑っていたが、おずおずと尋ねる。
「あの……、どうしてそんな決まりがあるのか尋ねても大丈夫でしょうか? あ、答えたくなかったら、答えていただかなくて大丈夫ですので」
「嗚呼、麗しき銀の君。貴方はどこまでもお優しい。……本当に平気ですので、お答えいたしましょう。これはオールブライト家に代々伝わる習わしでして、なんでも、爵位と領地の相続先で揉めることのないようにという決まりなのだそうで。代々の長男が全てを受け継ぎ、その他の子孫は家名以外には何も遺されず、長男以外は生涯独身を貫くことで無駄に子孫を残さないようにするという……、まぁ、控えめに言って頭がおかしい一族なのです。長男が生まれれば、それ以降は子作り非推奨らしく、本来であれば私も生まれないほうが良かった三男なのですよ」
「そんなことないです!」
「えっ……、あの、キリエ様?」
それまで大人しくしていたキリエだが、急に声音が強くなった。彼を興奮させたくないマクシミリアンは、内心で冷や汗を流す。そんな暁の騎士に対し、キリエは切々と訴えた。
「生まれなければ良かった命なんて、ありません。僕はマックスと出会えて、嬉しいです。あの……、その、ちょっとよく分からない口説き文句には困ることもありますけど、でも、マックスのことが好きです。それに、ジェイデンだって。口ではああ言ってますけど、マックスのことを家族だと思って、とっても大事に感じているのです。……あなたが生まれてきてくれたから、僕たちはこうしておはなししています。僕は、この時間もとても大切で好ましいと思っています」
まるで自分自身が否定されたかのように心底から悲しげに言葉を紡ぐ銀の王子を見て、マクシミリアンは、リアムが何故キリエに救われたのか、何故どこまでも執着して守ろうとするのかが理解できたような気がした。
「ありがとうございます、キリエ様。貴方と同じ時代に生まれ落ちたこの命が、誇らしくなりました。──そして、ジェイデン様との出会いへの感謝も、改めて。……あんな生家なんか捨ててやりたいと思ったこともあります。キャシーのように、家名を捨てて新たな人生を歩む道もあったのかもしれません。……ですが、家名を持たない者は騎士ではいられませんからね。リアムのように特殊な事情の場合には家名が残されることもありますが、ただの家出や没落では家名は失ってしまいますから。……私は、騎士でありたいのです」
その言葉で、キリエは理解した。
オールブライトの家名を持っていたとしても、三男であるマクシミリアンには何の利点も無い。相続されるものは何も無く、結婚も出来ない。そんな生家に嫌気が差しているのに、それでも家を出ずに騎士であり続けているのは、──ジェイデンがいるからだ。
幼いジェイデンに選ばれて傍で寄り添ってきたマクシミリアンは、今後もずっと側近として仕えるために、騎士であり続けようとしているのだ。ジェイデンの傍にいるために、マクシミリアンはオールブライト家の三男という立場を甘受している。
「──もしも、家名を持たずにただのマクシミリアンになったとしたら、結婚したい人っていますか?」
「そうですね。もしも、ただの一人の男になったとしたら、共に生きてくださいと求婚したい女性は……、ぜひお嫁さんになってほしい家名を持たない料理上手な女性はいますよ」
彼が誰のことを指しているのかは、恋愛ごとに疎いキリエでも察しがついた。
マクシミリアンが想う相手──キャサリンも、今は貴族令嬢ではなく家名を持たない料理人だ。ソフィアは、キャサリンはマクシミリアンを好いているというようなことを言っていたはずである。マクシミリアンが生家を捨てれば、二人は結婚できる。
それでもマクシミリアンは、そうしない。ジェイデンの傍にいるために。
普段はどこか軽薄な雰囲気を出している暁の騎士だが、胸に抱いている忠誠心の大きさは言葉で表せない。感銘を受けたキリエは、マクシミリアンへ頭を下げた。
「ありがとうございます、マックス」
「キリエ様!? 何をなさっておいでですか! 頭をお上げください、キリエ様!」
「ジェイデンのこと、これからもよろしくお願いします。彼の兄弟として、心から感謝いたします」
驚きと共に思わず立ち上がったマクシミリアンは、丁寧に頭を下げているキリエの横に膝をつき、負けじと深々と頭を下げた。
「キリエ=フォン=ウィスタリア様。暁の騎士・マクシミリアン=オールブライト、慈愛に満ちた貴方のお望みを謹んでお受けいたします。──そして、心からの敬意と感謝を捧げます」
二人の互いへの理解が深まったところで、ドアをノックする音が響いた。




