【2-106】意味深な気まぐれ
◆◆◆
墓参りから四日が過ぎ、強制休養中であったエドワードもお勤めに復帰した本日──、ジェイデンが唐突にサリバン邸を訪れた。
朝早くにジェイデンからの使者が来て本日のキリエとリアムの外出予定の有無を確認していき、昼前に再び使者が訪れ「午後に訪問するからよろしく」という伝言を置いていき、お茶の時間に合わせてジェイデンとマクシミリアンが訪問してきたのだ。
上機嫌にやって来た金髪の王子は、玄関に入るなり、開口一番とんでもないことを言い出した。
「こんにちは。キリエ、僕と側近を交換しよう!」
「こんにち──えっ、……えぇっ!?」
キリエは突っ立ったまま目を白黒させ、その隣に立つリアムはさりげなくマクシミリアンを睨みつけたが、暁の騎士は柔らかい苦笑を浮かべるだけである。
「ど、どうしたのですか、ジェイデン。マックスと喧嘩でもしたのですか?」
「いやいや、まさか! マックスは相変わらずだし、僕も相変わらず適当にあしらっているし、いつも通り何も問題ないのだよ」
「それが問題ないかどうかは置いておくとして……、いつも通りの関係なら、何故そんなことを望むのですか?」
「いや、なに。大した理由は無い。ただ、リアムはとても優秀な騎士だろう? マックスのようにやかましくないし、たまには静かな男に隣にいてほしいと思っただけなのだよ」
「そ、そんな……、マックスだって優秀な騎士でしょう?」
キリエがちらりとマクシミリアンを見ると、彼はにっこりと笑って銀の王子の前に進み出て跪き、手を握ってきた。
「嗚呼、キリエ様! 愛らしい銀の小鳥は、今日も変わらず慈悲深く優しい御心をお持ちですね。その唇が紡いでくださった誉を何倍にも織り上げて、お返しとして貴方の耳に囁きかけることをお許しいただけますか?」
「えっ……、そ、それはちょっと、ご遠慮したいです」
助けを求めるようにリアムを見上げると、彼はマクシミリアンの手からキリエの手を解放してくれる。しかし、次には意外なことを言い始めた。
「キリエ様。ジェイデン様のご提案に乗られてみるのも、よろしいのではないでしょうか」
「えっ……!? リ、リアムは僕の側近が嫌になってしまったのですか?」
「まさか! とんでもございません。私の全ては貴方のものです、我が君。──ですが、今後、特に次期国王選抜が過ぎてからは他の王国騎士たちとお話をなさる機会も増えていくでしょう。私ではない騎士がお隣にいる場合も生じてくると思われます。今から少しずつ慣れていただく必要があるとは、私も以前から考えておりました」
「そうなのですか……?」
リアムがそのようなことを懸念していたとは、キリエは全く知らない。むしろ、リアムのほうが他者にキリエを託すことを嫌がっているような気がしていたほどだ。
「キリエ。僕だって悪魔じゃない。君からリアムを取り上げたりはしないのだよ。ただ、ちょっとの間だけ、違う側近騎士というものを体験してみたかっただけだ。小一時間くらいでもいい。駄目かな?」
「いえ……、そういうことでしたら、僕も構いませんが……」
戸惑いながらもキリエが了承したことで、互いに側近を交換して茶を飲み交わすことになった。キリエとマクシミリアンはキリエの私室へ、ジェイデンとリアムはリアムの私室へ、それぞれ向かう。食堂と応接室でもよかったのだが、隣り合っている部屋のほうがいいだろうということで、そのようになった。
◇
「私の部屋に足を運んでいただく形になってしまい、申し訳ございません」
ジェイデンに給仕をしながらリアムが謝罪すると、金の王子はにやりと笑い、気さくに手を振る。
「いや、譲歩してもらったのはこちらのほうだからな。キリエに何かがあった際にすぐに傍へ飛んで行ける距離ではないと君が安心できないのは、十分に理解できる。──むしろ、こちらこそすまなかった。意に沿わない発言をさせてしまったな」
「……と、仰いますと?」
「キリエが他の騎士にも懐くべきだ、という趣旨の発言をしていただろう? 彼の隣に立つ権利を他の騎士に譲るつもりなど、一切ないくせに」
「私は騎士です。上から命じられれば、キリエ様の御傍を離れなくてはならないこともございましょう」
「よく言う。君をキリエから引き離そうとする人間がいるとしたら、それはただの自殺志願者なのだよ。──ということは、今の僕も命知らずなのかな?」
「さぁ……、仰っている意味を分かりかねます」
リアムは澄ました顔で茶と菓子を並べつつ、隣室のキリエの気配を探る。多少は緊張しているようだが、身の危険を感じている様子もなく、ほどよくリラックスしているようだ。
相手は腹黒いマクシミリアンではあるが、彼自身がキリエを気に入っているのだから、意地の悪いことを言ったりやったりはしないはずである。何より、キリエが傷つけられたと知ればリアムは必ず報復をしてくると理解している彼が、馬鹿な真似をするとは思えない。
可能な限りキリエの傍を離れたくないリアムが、わざわざジェイデンの「気まぐれ」に賛同したのには理由がある。というよりも、ジェイデンの「気まぐれ」にも理由があるのだ。それを察したからこそ、リアムはジェイデンと二人きりになる流れを作った。
そして、リアムがジェイデンの意図を承知しているのを分かっているからこそ、この王子は先ほど「意に沿わないことをさせてすまなかった」と謝意を伝えてきたのである。
「──さて。本題に入ろうか。僕がなぜ君と二人きりになりたかったのか、リアムは理解しているんだろう?」
「キリエ様に悟られないように、私の耳にだけ入れたい情報がおありなのでしょう? それも、文書のように形に残る手段ではなく、直接お伝えいただく必要のあることだと思われます」
「ご名答。流石だな。……というわけで、君も座ってくれたまえ」
失礼いたします、と言って一礼してから、リアムはジェイデンの正面の椅子へ腰を下ろす。間にテーブルを挟んではいるが、私室用の小さなものであるので、声を張らずとも会話は十分に可能だ。
「まずは、これを見てもらいたい」
ジェイデンは懐に忍ばせていた紙を広げ、リアムに差し出してくる。
「これは、パトリア地方のとある領地──、そう、かつてサリバン伯爵のものだった領地で徴収している税台帳の写しだ」
受け取った紙面へ目を走らせたリアムは息を呑み、次第に表情を険しくしていった。




