【2-105】優しい涙
「うさぎのおじさんとまたお会いできるなんて! それに、おはなしも出来るとは思いませんでした。……あっ、でも、おじさんというお年ではないですよね。ごめんなさい、失礼しました」
「い、い、いえ……、お、お気になさらず、キ、キリエ様、わ、私も、お、お、お会いできて嬉しい、です。レ、レ、レオン=メイクピース、と、も、申します」
頭を下げるキリエに対し、レオンはどもりながらも懸命に言葉を紡いだ。そんな二人のやり取りを見守りながらも、「うさぎのおじさん」が何か分からないリアムは困惑している。
キリエは、「うさぎのおじさん」との思い出を簡単に側近へ説明した。
キリエが五歳の頃、うさぎのぬいぐるみと絵本をたくさん持参してマルティヌス教会を訪れた貴族がいた。彼は声が出せないのか全く話をしようとしなかったが、子どもたちそれぞれにうさぎのぬいぐるみを贈ってくれたのだ。
パッと見た雰囲気は近寄りがたくもあったが、深い緑色の瞳はとても優しくあたたかいもので、孤児たちは彼を「うさぎのおじさん」と呼んで懐いた。
「うさぎのおじさん」がマルティヌス教会を訪問したのはその一度だけだったが、形だけではなく本物の慈愛の心を持って孤児に接してくれたこともあり、キリエの記憶の中でも印象深い思い出になっている。
「うさぎのおじさん」は失声状態なのかと思っていたのだが、吃音で子どもたちを驚かせないように配慮して、レオンはあえて声を出さなかったのだろう。
「僕、とても嬉しかったのです。初めて、私物……自分だけのオモチャを手にすることが出来て。他の子どもたちも皆、それぞれ自分のうさぎをずっと大切にしていました。……でも」
「……ど、どうか、なさいましたか?」
キリエの話を嬉しそうに聞いていたレオンだが、王子の表情が物憂げになると心配そうに首を傾げる。年齢よりもはるかに老け込んだ印象の風貌ではあるが、レオンは意外と表情の幅は広かった。
「……今から八年ほど前、流行り病のせいで教会の子どもも多く亡くなりました。死んでしまった彼らが寂しくないように、天国で喧嘩をせずに遊べるように、僕たちのうさぎも一緒に棺へ入れたのです。……せっかく、それぞれにいただいたのに、ごめんなさい」
レオンは驚いたように目を瞠り、何度も首を振った。そして、穏やかな瞳にうっすらと涙の膜を張る。
「こ、子どもたち……、マ、マ、マルティヌス教会の子たち、よ、よく覚えて、おります。ほ、他の、どの孤児院や、きょ、教会の子どもたち、よ、よりも、懐いて、くれました。……あ、ああ、あの子たち……む、胸が、痛みます」
そう言って、霧雨の騎士は静かに涙を流した。リアムが言うように、本当に心優しい人物なのだろう。キリエはレオンの手を取り、ハンカチを渡した。
「あの子たちを慈しんでくださって、偲んでくださって、ありがとうございます。──リアムのご両親のお墓参りに来たのですよね。割り込んで邪魔をしてしまって、すみません」
「い、い、いえ……、そ、そんな……」
首を振りながら、レオンは涙を拭う。拭った後で、それがキリエのハンカチであることを認識したようで少々慌てていたが、それはそのまま持っていてもらうことにした。
キリエがリアムを見上げると、それまで様子を見守っていた彼はレオンに手を差し伸べて立たせつつ、静かに挨拶をする。
「レオンさん、今年も来てくださったんですね。心より、感謝申し上げます」
「い、い、いや……、わ、私に出来るのは、こ、こ、こんなことくらい、で」
「レオンさんのお心遣い、いつもありがたく感じております。よろしければ、両親に話しかけてやってください」
レオンはキリエに一礼してから墓の前で膝をつき、持参した花束を供え、熱心に祈り始めた。何をするにしても、きちんと心を傾けて向き合う人物なのだろう。そんな彼が不遇な目に遭っていることが、実に気の毒だ。
祈り終えたレオンは、改めてリアムと顔を合わせ、穏やかに笑った。
「リ、リ、リアム。き、君は、もう、と、遠くへ行ったり、し、し、しないね」
「そう思われますか?」
「あ、ああ。た、大切な、主君と、め、巡り会えて、よ、よかった、ね。い、今の、君は、と、と、とても、良い顔を、している、よ」
そう言って、レオンはリアムの肩をやわらかく叩く。それは父のような、兄のような、そういった仕草のように見えた。彼は単なる上官騎士としてではなく、リアムのことを親身に案じて見守ってくれていたのだろう。キリエにも、それは伝わってきた。
嬉しそうにリアムの姿を見た後、レオンはキリエに対して深々と頭を下げてくる。その優しい感情をしっかりと受け取り、キリエも一礼で応えるのだった。




