【2-103】霧雨の騎士 レオン=メイクピース
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エドワードの負傷は軽度のものであったが、彼には一週間の休暇が与えられることになった。本人は大丈夫だから働きたいと主張していたのだが、そういうわけにもいかないとリアムが懸命に説得していた。
サリバン邸の他の面々は皆が無傷であり、捕らえた月夜の人形会一味は王国騎士団へ引き渡された。順に縛り上げている間に意識が戻ってしまい逃亡した者もいたようだが、月夜の人形会の大半は牢獄行きになったと思われる。
今回の件についての処理や、公務に関する諸々の処理など、やるべきことをこなしていると、あっという間に三日後──キリエがリアムの両親の墓参りへ同行する日となった。
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王国騎士の制服は、平時においては純白に銀のラインが入ったものだ。しかし、喪に服すときのために、黒を基調とした色違いも存在しているらしい。本日は墓参りということで、リアムは黒い騎士服を着用している。彼の暗めの髪色も相まってか、普段以上に静かで落ち着いている雰囲気に見えた。
「……どうした?」
「えっ?」
「俺の顔に何かついているか? そんなに見つめられたら穴が開いてしまいそうなんだが」
キリエは、馬車で隣り合っているリアムを無意識に凝視してしまっていたらしい。慌てて視線を反らして前を向き、キリエはおろおろとしながら謝った。
「すみません、不躾に見てしまって。なんだか、いつものリアムと違って見えたものですから」
「いや、謝らなくていいんだが……、そうか? ──ああ、黒い衣装だから見慣れないのかもしれないな。といっても、俺は騎士服以外は黒や灰の私服ばかりなんだが」
確かに、その通りである。外出時や来客対応時には騎士服を着ているリアムだが、それ以外では黒系統の私服を着ている場合が多い。
だが、この騎士服はそれらの黒い洋服とは少々違うものに感じる。そう考えたキリエは、再びチラリとリアムを見上げた。
「なんだか、その……、上手く言えないのですが、いつものリアムと違うというか、目を離したら遠くへ行ってしまいそうな、そんな感じがして……」
リアムは決して儚さを醸し出しているわけではないし、両親の墓参りなのだから悲哀の感情があるのは当然だと思うのだが、そういったものとは異質の憂いのようなものが伝わってくる。ふらりと何処かへ行ってしまいそうな、そんな危うさが少し感じられるように思えたのだ。
落ち着いていて、静かで、悲壮じみているわけではなく穏やかでもあるのだが、優しい雰囲気のまま遠くへ行ってしまいそうな感覚。そういった空気を、今日のリアムは纏わせているような気がした。
笑い飛ばされるのではないかと思ったキリエだが、リアムはそんなことはせず、灰色の手袋を嵌めた指先でそっと銀髪を撫でてくる。
「少し、しんみりしてしまっていたのかもしれない。心配をかけたのなら、すまなかった」
「いえ、そんな……、ご両親のお墓参りなのですから、しんみりするのは当然です。謝らなくてはならないのは、君ではなく僕です。余計なことを言ってしまって、ごめんなさい」
キリエは肩を落として反省するが、リアムは首を振り、引き続き優しい仕草で細い背を撫でてきた。
「いや……、俺をそう評していたのはキリエだけじゃない。……無気力だった頃の俺は、うちの連中やレオンさんから『どこか遠くへ行ってしまいそう』としょっちゅう言われていたんだ」
「レオンさん……?」
「うちの連中」はおそらくサリバン邸の使用人たちのことだろうが、レオンという名をキリエが耳にしたのは初めてのはずだ。首を傾げるキリエへ、リアムは穏やかに説明する。
「レオン=メイクピース。霧雨の騎士、という名誉称号を持つ方だ。俺より十ほど年上で、とても穏やかで優しい人なんだが、何かと誤解をされやすく、口汚い噂ばかりを流されている気の毒な方なんだ」
「名誉称号騎士なのに、不遇な扱いを受けていらっしゃるのですか?」
「いくら名誉を得ても、それを覆すだけの何かがあれば名声は地に落ちる。もっとも、実際に家が没落した俺とは違い、レオンさんの場合はただの誤解だから、本当に気の毒だよ」
深い溜息を零し、リアムは物憂げに語り始めた。
「レオンさんはとても寡黙だが、ダリオのように声を失っているわけではない。ただ、少々籠った声質で、どもりながらしか喋ることが出来ないんだ。それは生まれつきのもので、医者と訓練も試みたが治らなかったそうだ。……ただ、それを気味悪がって、嫌悪する人々は多かった。だから、彼は気心知れた相手の前以外では口を閉ざしてばかりになったようだ」
「そんな、ひどい……、レオンさんご自身にはどうにも出来ないことでしょう?」
「キリエ王子殿下、下位の者の名前を呼ぶときには?」
「……呼び捨て、です」
「そうだ。俺が敬称をつけていても、キリエがつける必要はない。むしろ、つけないでくれ。……だが、まぁ、それはそれとして、酷い話だとは俺も思っている」
車窓から曇り空を眺めながら、リアムは再び長い溜息を落とす。
「一番ひどい風評被害は、小児性愛者の疑いをかけられたことだろうな。それが原因で、レオンさんは離婚することになってしまった」
「どうして、そんな風評被害が?」
「レオンさんは、外見の印象からは少々想像できないんだが、可愛らしい存在が大好きなんだ。小動物なんかもそうだが、人間の子どもも大好きだ。といっても、変な意味じゃない。純粋に、子どもを可愛らしい存在、守るべき存在として慈しんでいるだけなんだ。性的対象にしているわけじゃない。……不幸なことにレオンさんと元奥様は子どもに恵まれなかった。だから、レオンさんは国内各地の孤児院をたくさん訪れて慈善活動をして、子どもたちと触れ合っていたんだ。跡継ぎの立場では無かったことから、特定の子どもを養子に迎えるのではなく、多くの孤児の手助けをすることを選んだんだろうな。──だが、心無い人々は彼を『変態』だと陰で罵り、レオン=メイクピースの名を傷つけた。レオンさんは元奥様とてもを大切にしていたのに、その元奥様は世論を信じてレオンさんを蔑んで離縁した」
レオンのあまりの不幸具合に、キリエは絶句した。会ったことはないが、リアムが認めている人物なのだから、善人であるのは確かだろう。そんな相手を悪し様に貶める人々のことが、キリエには理解できない。
「世間で言われているような人じゃないんだ。──両親を失った俺のことも、とても気にかけてくれた。母が殺されたときに出ていた遠征任務の責任者はレオンさんだったんだ。もっと効率よく任務を進めて早めに帰還していれば惨劇を防げたのではないかと、そんな風に悔いて胸を痛めてくださった。それからもずっと、定期的に俺の様子を見に来てくれた。優しい人なんだ、本当に」
そう言ったリアムは、ふと何かを思い出したかのように瞬きを繰り返し、次にキリエをじっと見つめてきた。
「もしかしたら今日、墓地にレオンさんがいるかもしれない。あの方は、毎年この日に墓参りをしてくださっているようで、四年前と昨年にはばったり遭遇したこともある。……レオンさんは、きっとキリエのことを気に入るだろうし、挨拶ついでに話をしたがるかもしれない。……そのときには、レオンさんと話してもらえるだろうか?」
キリエなら大丈夫だろうとリアムも分かってはいるのだろうが、レオンのあまりの不遇具合から不安をおぼえたのかもしれない。キリエは微笑み、しっかりと頷いた。
「お墓参りなのでこんな言い方をするのは不謹慎かもしれませんが、もしもレオンとお会いできたら嬉しいなぁと、ご挨拶が楽しみだなぁと、僕は思います」
その言葉を聞き、リアムもまた安堵したように微笑んだ。




