【2-102】両親へ挨拶を
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巡回中の王国騎士が騒ぎを聞きつけてやって来たため、状況説明とリアムが集会に参加できなくなった旨の伝言を頼み、皆で馬車に乗ってサリバン邸へ戻ることになった。エドワードも意識が戻り、トーマスと共に御者台へ座っている。
「エド、怪我をしているのに……、本当に御者台で大丈夫でしょうか」
馬車に揺られながら、キリエは心配そうに零す。その呟きを拾ったリアムは、静かに頷いた。
「歩かせるよりはマシだろう。傷は浅いし、出血も止まっていて、応急処置もしてある。……小さな馬車だから、中は二人が限界だからな。俺が御者台というのも考えたんだが、流石に王都内では厳しいものがある」
王国騎士、それも名誉称号持ちの騎士、しかも次期国王候補の側近騎士が御者をしているなどという滑稽な姿を晒すわけにはいかない。ただでさえ、リアムへ向けられている好奇の目は多いのだ。更なる餌を世間へ投下することは避けたかった。
「お屋敷のみんなも心配ですね。大丈夫でしょうか……、ケガをしたりしていたら、どうしましょう」
「大丈夫だろう。月夜の人形会ごときに負けるような奴らではない。強いて言えば、キャシーの安否が気になるくらいか。他は大丈夫だ。──とにかく、キリエが無事で本当に良かった。他の皆は自分の身を守る術を持っているが、お前はそうはいかない」
キリエというよりも自分自身に言い聞かせるかのように言葉を紡いだリアムは、深い溜息を落とす。
「やはり、キリエを屋敷に残しておくわけにはいかないな。屋敷内でも、今まで以上に常に俺が傍に張り付くことになるだろう。あと、申し訳ないが、今後は集会がある際には王城まで一緒に来てもらうことになりそうだ。流石に、城の中まで襲ってきたりはしないだろうしな」
「はい、分かりました。むしろ、お荷物になってしまって、こちらのほうが申し訳ないくらいです。集会だけではなく、何か出掛ける必要のあるときにはいつでもお供しますので」
「荷物なんかじゃない。それに、俺には出掛ける必要なんて、……無い」
一瞬、不自然な間が空いた。つまり、キリエに遠慮して「無い」と言っているが、何か外出の予定があるのだろう。
「出掛ける用事があるのですね? 僕がついて行っても大丈夫なら、いつでもお供します」
「いや、いい。キリエに来てもらうわけにはいかない」
「……あっ、デートとか? それは確かに、僕がいたらお邪魔になってしまいますね。だったら、やはり留守番を、」
「違う! そんな予定は皆無だし相手もいないから、安心しろ。……そうじゃなくて、だな」
リアムの言葉は、いつになく歯切れが悪い。それでも彼が話してくれるはずだと信じ、キリエはじっとリアムを見つめる。その銀眼を見つめ返す騎士は、観念したように小さく呟いた。
「──墓参りに、行こうかと」
「あ……、ご両親の?」
「ああ。……三日後が、母の命日なんだ。両親の墓は隣同士だし、どちらかというと父よりも母を偲んであげたい気持ちのほうが強いから、毎年、母の命日に二人分まとめて墓参りをしている。だから、朝早くに少しだけ、簡単に祈ってこようかと思っていたんだが、……今回のこともあるから、やめておく」
気にするなというように首を振って微笑むリアムの手を取り、キリエは力強く言った。
「行きましょう!」
「……ほら、キリエは優しいから、気を遣ってそう言ってくれるだろう? だから言いたくなかったんだ」
「気を遣っているわけじゃなくて、行ってほしいと心から思っているからです。亡くなった方を偲び、祈りを捧げるのは大切なことです。ましてや、大切なご家族の命日でしょう? その時間は、大事にするべきです」
キリエの力説を聞いても、リアムの反応は薄い。いや、薄いというよりも、踏ん切りがつかないのだろうか。彼は自己犠牲には躊躇いが無いが、自分のために他者へ不自由や不利益を強いることには抵抗がある性質だ。キリエが全く気にしていないことでも、彼は「巻き込んでしまった」と気に病んでしまう部分がある。
「じゃあ、僕が行きたいから、連れて行ってください」
「……は?」
「僕は、リアムにとてもお世話になっています。だから、息子さんに大変お世話になっております、ってご両親にご挨拶したいです」
「キリエ……」
「僕が、リアムのご両親に、ご挨拶したいんです。僕がそうしたいんです。だから、君のご両親のところに連れて行ってくれませんか?」
その言葉は、嘘ではない。実際に、キリエ自身もリアムの両親に挨拶と鎮魂の祈りを捧げたいと思っているのだ。
リアムはキリエの手を解き、逆に握り込んでくる。そうかと思えば、手の甲へ額を押しつけてきた。王国騎士が最上級の敬愛を示している所作だと分かっているが、それを受けるのにまだ慣れておらず、キリエは小さくはにかんだ。
「本当に、お前には敵わないな。ありがとう、キリエ。……だが、いいのか? 俺の両親はそれぞれ罪を犯している。そして、お前はこの国の王子だ」
「僕を家族だと思って大切にしてくれる友人のご両親にご挨拶をしたい、というだけのことです。それって、誰かに咎められなければならないような行為でしょうか? 僕は、そんなことないと思いますよ」
「ありがとう、キリエ。心からの感謝を捧げる」
──こうして、三日後にキリエとリアムは墓地を訪れることになった。




