【2-100】御屋敷を荒らす者 許すべからず
エドワードが庭を駆け抜けて行くのを阻止しようと、黒衣の手下たちが一斉に向かってゆく。セシルはドアを手離して走り出し、エプロンのポケットに詰めていた使いかけの石鹸たちを、彼らの後頭部を目がけて的確に投げつけた。
細腕が放つ小さな石鹸たちは凄まじい威力で命中していき、当たり所が悪い者は気絶し、そうではない者も足元がふらついて減速してしまう。時間稼ぎ及び足止めとしては十分であり、エドワードの後ろ姿はみるみるうちに彼方へ消えて行った。
「チッ、なんなんだこのメイド……! 女のくせに生意気な!」
黒布に覆われていても屈強な体躯の持ち主だと分かる男が、苛立たしげに吐き捨てながらセシルを捕まえようと腕を伸ばしてくる。しかし、セシルは逆にその太い腕を鷲掴み、あらぬ方向へと折り曲げた。
「ぐ、ぅ、ああああぁぁッ」
あっさりと腕の骨を折られてしまった男は、丸太のような身体を地面へ投げ出して身悶え、予想外の激痛に雄叫びを上げる。その苦悶の様子を見て、周囲の仲間たちはたじろいでいた。
セシルは転がっている男を容易く蹴り飛ばし、その放物線を眺める。そして、本来は可憐であるはずの顔を憤怒で歪め、つまらなそうに吐き捨てた。
「誰が女だよ。ボクはメイドじゃなくてフットマンだっての。……で、今度は誰が相手してくれるわけ?」
胡桃色の瞳が睨みつけると、黒衣の者たちは距離を取ろうと後ずさる。それを一歩一歩、近づいていきながら、セシルは全身から殺気を放った。
「ボクはね、今とっても機嫌が悪いから、手加減してあげられないかなぁ……、まぁ、機嫌が良かったとしても、この御屋敷を踏み荒らす奴は許せないから容赦なくぶっ倒すけど」
「同感だ。自分も共に成敗しよう」
いつの間にか庭へ出てきていたエレノアが、セシルに並び立つ。彼女もまた、普段の無表情は何処へやら、鬼のような形相で怒りを露わにしていた。
「ノア、中は大丈夫なの?」
「問題ない。頭領と思われる女以外は倒した」
「えー、じゃあこっちはボクに譲ってよ」
「断る。この憤りはまだまだ収まらない」
ステッキを構えたエレノアと、拳を振り上げたセシルは、同時に地を蹴って黒い集団へと突撃してゆく。
──そんな彼らの闘志を感じ取りながら、ジョセフは屋敷内で黒衣の女の相手をしていた。相手も双剣を抜き、焦燥を込めた攻撃を繰り出してくるが、執事は冷静に受け流す。
キャサリンがどうしているのかが気がかりだったが、彼女には「何らかの襲撃時には人質となるのを避けるため気配を殺してひたすら隠れていること」を言い含めてあった。おそらく上手く隠れているのだろうと思い、ジョセフは目前の敵に集中する。
「まったく、なんなのかねぇ、あなた! あの騎士様と全く同じ動きじゃないか!」
苛立ちを隠さずに吐き捨てる彼女が言う「あの騎士様」が誰であるのか分かっているジョセフは、余裕の笑みを深めた。
「ふふっ、それはそうだろうとも。あの御方を最高の騎士としてお育て申したのは、私なのだから」
「チッ……、そういうことかい! あなたが騎士様のお師匠様だとはねぇ! どうりで年齢に見合わない動きをすると思ったら!」
「ふふ、あまり年寄りを苛めないで、そろそろ諦めてくれませんかね」
あくまでも笑顔を崩さず、のんびりとした口調のままだが、ジョセフは黒衣の女の双剣を思い切り薙ぎ払う。
「くっ……!」
「さて、武器も無くなったことだし、降参してもらいましょうか」
「……っ、誰が! 私は絶対にキリエを諦めない! 何度だって奪いに来る! 覚えておくことだねぇ!」
捨て台詞とともに、黒衣の女は素早く跳ね飛び、大階段を滑るように駆け下りて外へと駆けて行った。彼女が逃亡する気配を察し、まだ意識が残っている手下も共に走り去って行く。そんな間抜けな彼らの一部は、エレノアとセシルの追撃によって昏倒させられていた。
後追いすることも可能ではあるが、意識不明の敵が転がったままの屋敷を放っておくわけにもいかず、ジョセフは逃亡者はそのまま見逃すことを決断する。
──おそらく、キリエたちも無事に逃げ切ったはずだ。エドワードは正義感が強く、彼の俊足に敵う者などそうそういない。限界を振り切って全速力で駆け抜け、キリエを守り抜いたことだろう。
「……さて。意識を奪うよりも、これから縛り上げるほうが大変だな」
屋敷内外に転がる気絶した黒衣の集団を眺め、ジョセフは深く溜息をついた。




