【2-94】切り捨てられるのは誰か
「ジェイデン。私の話を聞いていなかったのか? 私は、豊かな者が生き残るために、貧しい者を切り捨てる必要があるのではないかと説いたはずなのだが」
「聞いていたとも。だが、だからといって、ライアンの政策が実行された末に、ここに集まっている貴族たちやその子孫が切り捨てられる対象にならないというわけじゃない」
「適当なことを言って悪戯に不安を煽るのはどうかと思うぞ、ジェイデン」
「適当ではないのだよ。そちらこそ、いい加減な発言で支持率上昇を企むのは感心しないな」
「私の論述の何がいい加減だと言うのだ」
二人の王子は、どちらも一歩も譲ろうとはせず、声を荒げているわけではないが言葉をぶつけ合う。ライアンは平静を装って見せてはいるが、苛立ちが隠せていない。逆にジェイデンは飄々としており、どこか余裕が感じられる。キリエは緊張しつつ、彼らの応酬を見守った。
「ライアンは、世間の上澄みしか見ていない。いいか? 君が冷酷に切り捨てようとしている貧民たちは、我々の生活に欠かせない仕事を背負っている者が多い。いわゆる上流階級と呼ばれる層にいる者とは違い、彼らは実際に体を酷使して汗水を垂らしながら仕事をしているのだよ」
「それがどうした? 頭脳ではなく肉体を使うことしか出来ない人間は一定数いるわけだろう。そういった人種がたまたま貧民に多いだけのことだ」
「ああ、違う違う。僕はそんなことを言いたいわけじゃない。彼らがこなしている仕事は、誰かがやらねばならない仕事だ。大体は、手足を汚したり、足腰を痛めたり、強烈な匂いに耐えたりしなくてはならないようだな。とても大変な割に、教養が必要無い肉体労働だからと安い賃金で、しかし我々の生活に欠かせない処理や作業を負う仕事。──で。それらの大半を担っている貧しい民が死に絶えたとき、その仕事を受け継ぐのは誰なんだ?」
ジェイデンが疑問を投げかけると、水を打ったように場が静まり返る。
「まさか、全ての貧民が無職だと思っているわけではないだろう? 無論、中には様々な理由があったり無かったりして無職の人間もいるだろうが。現状で多くの貧民が担っている、この国に必要不可欠な重労働は、少なくなった人口の中で誰が請け負っていくんだ? 人口が減れば、そのぶん仕事の量は多少は減るかもしれないが、無くなるわけではない。農耕作業や下水処理など、貧しい民が必死にこなしていて我々の生活に必要な仕事は、今後もずっと無くならないはずだ。人口が減り続けて衰退する一方では、そうだなぁ……そのうち田畑を耕す元貴族や下水道へ足を浸ける元貴族なんかが現れるかもしれない」
「ちょっと待て。君が言っているのはだいぶ極端な話だ。貧民を多少切り捨てたところで、貧民が全滅するわけではない」
動揺し始めた貴族の気を鎮めるかのように、ライアンはぴしゃりと言い放った。黒髪の王子は、更にジェイデンを追撃する。
「大体、仮に貧民が全員死に絶えたとしても、数多の一般国民がいる。主に貧民がこなしていた仕事は、彼らがこなしていくだろう。貧民の仕事は貧民だけがするものというわけでもなかろう」
「ははっ、実におめでたいな。そう、確かに、貧民が絶滅したとすれば、一般国民の中から彼らがこなしていた仕事をする者が現れるだろう。だが、それはつまり、新たな貧困層が生まれるにすぎないのだよ」
「何を言っている? 貧民がいなくなったのなら、あとは一般国民と富裕層という二層に分かれるだけの話だろう」
「違う。貧富の差が完全に無くなることはない。従来の貧民が消え、今まで一般国民だった中から新たな貧民が生まれるだけだ。そして、没落して一般国民になる貴族も出てくるだろうな」
王子たちの討論は白熱してゆく。ジェイデンもライアンも、互いに一歩も引かず、一歩も譲らない。
「貧民が絶滅し、その仕事を一般国民が請け負うことになったとして、なぜ新たな貧民が生じる? 人口が減った分、貧民層が多かった職の賃金も上げてやればいい」
「その上げた賃金にかかる費用を、国民が減ってしまった中で捻出した国家予算のうち、一体どのあたりで帳尻合わせするつもりだ? その策は考えてあるのか? ──これは、絶滅しなくとも、貧民が減少して国内の人口層の均衡が崩れれば必ず発生する問題のはずだが。その対策について、ある程度まで煮詰めた案はあるのかな?」
「それは、……」
そこで初めて、ライアンが言葉に詰まった。ジェイデンがこの好機を見逃すはずもなく、彼は凛と言い放った。
「僕は、既に考えている。キリエから貧民層の現状を聞き、彼らの生活水準を上げるためにはどうしたらいいか、彼らの生活を向上させることでこの国はどのような発展をしていくのか。ライアンが言う通り、今はまだ机上の空論に過ぎないかもしれないが、それでも僕はそこまで考えの枝を伸ばしているのだよ」
「……」
「来月の最終討論会までに、僕はもっと考えを具体化したいと思っている。──ライアン、君も真剣に考えることだな。さもなくば、ゆくゆくは、ここに集っている貴族の中から貧民が出現しかねないのだよ」
煽って微笑むジェイデンを忌々しそうに睨みつけながらも、ライアンはそれ以上は何も反論しなかった。




