【2-91】対極の考え
「正直なところ、次期国王選抜において僕に投票してくださる人は多くないと思いますが……、念のためにお伝えしておきますと、万が一、僕に次期国王の座が巡ってきたとしても、僕はその権利をジェイデンに譲るつもりです。コンラッド、王位の譲渡は問題ないのですよね?」
驚いて硬直していたコンラッドだが、キリエから話を振られ、慌てて姿勢を正して頷いた。
「はい。次期国王選抜期間中に他の候補者へ譲位をする御意向を示していただければ可能である、と定められております。キリエ様は本日、公式の討論会でその旨をお話しくださいましたので、問題ございません」
「ありがとうございます。──僕からのお話は、以上です」
キリエが何を語るのかを皆が注目しているのは分かっていたが、それ以上は自ら話を進めるつもりはない。余計なことを言ってジェイデンの足引っ張りになりたくもないため、キリエは唇を閉ざす。
「ちょっと待ってくれ。その話だけでは、なぜキリエがジェイデンに王位を譲ってもいいと考えているのかが分からない。何か弱みでも握られているのか?」
ライアンが静かな声音で挟み込んできた疑問に、周囲の聴衆もそれぞれ頷いている。ここで皆が不信感を抱えてしまっては、ジェイデンの支持率にも影響してしまう。キリエは脳内で軽く考えをまとめてから、投げかけられた問いへ答えた。
「政策の詳細などはジェイデンがお話しすると思いますので、僕からは簡単な回答だけさせていただきますね。まず、僕が何か弱みを握られているわけではありません。逆に、彼は僕に強みを与えようとしてくれています」
「ジェイデンがキリエへ与えられる強みなどあるのか? そして、それが君に何か利点があるのか? 有力貴族たちからの支持や資産など、大部分において彼よりも私のほうが優れている」
ライアンは堂々と語り、自信がある姿勢を見せてくる。これまで接してきた彼の印象とはやや異なるが、人の上に立つのであれば、あえて貫録のある姿を見せるのも必要なことなのだろう。
キリエに威厳は無いものの、ライアンの空気に呑まれないように、はっきりとした口調を意識して返答した。
「僕は、いわゆる貧民と呼ばれている層の国民の生活を向上することを目標としています。国王になって指揮を執るのが手っ取り早いのかもしれませんが、母親が誰かも判明していない僕が国王になるのは避けるべきだと思います。その点に異論はありますか?」
「……いや、無い」
ライアンが揚げ足を取ろうとしたならばキリエは自身が孤児上がりである弊害を説明するつもりであったが、黒髪の王子はそれに関しては追及しようとはしない。ライアンは眼鏡を押し上げた後、揃えた指先をキリエへ向けて、話を続けるように促してきた。
「僕が国王を目指せない以上、貧しい国民へ寄り添う姿勢を見せてくれる兄弟の応援をしたいと考えるのは自然な流れだと思います。ジェイデンには彼自身が抱く目標があり、それは僕が見ている景色とは少し違ったものであるのは事実です。でも、その一方で、彼は僕と同じ視点に立ち、国民の生活を顧みようとしてくれているのも本当のことです。ジェイデンは、貧しい国民の生活基準を改善する政策を立てると約束してくれました。それが、僕にとって、そして僕が助けてあげたい人たちにとっての利点です」
キリエが語る内容をじっくりと聞いていたライアンは、冷静な薄青の瞳でまっすぐに射抜いてくる。
「君は、随分と貧民の救済に拘っているようだが、それがこの国の繁栄のためになると本気で思っているのか?」
「はい。そう思っていますが……?」
「甘いな。貧民がなぜ貧しいのか分かるか? 競争に負けた敗者だからだ」
「なっ……」
キリエは絶句し、ジェイデンも不愉快そうに眉間に皺を寄せた。ジャスミンは真顔のまま、ライアンをじっと見つめている。
「誤解のないように言っておきたい。私は、敗者を蔑んでいるわけではない。彼らの存在は、この国を維持するために必要な犠牲だと考えている。貧民は必要なのだ。豊かな国は、豊かな者が作り上げていくもの。勝者が豊かであるためには、貧しさにあえぐ敗者が必要だ。必要な犠牲を無理に無くそうとすれば、それは崩壊の始まりであると私は考えている」
──あまりにも、考え方が違う。
キリエは己の「貧しい人々を助けたい」という考えを正しいものだと信じている。しかし、それと同様に、ライアンもまた彼自身の「貧民は貧民であることが国の発展のために重要だ」という考えを信じている。
ライアンは、悪だくみをしているというわけではないのだろう。彼なりにウィスタリア王国の行く末を考え、それが最良と信じての結論なのだ。
キリエが王都へ招かれた際に護衛の数を減らしたのも、当時のマデリンはただの腹いせでそうしたのだろうが、ライアンは真面目に予算削減を考慮したのだと思われる。彼とキリエでは、根本的な考え方がずれている。分かり合える気がしない。
「そうだな……、せっかくの話の流れだから、このまま私の論述に入らせてもらおうか」
黒髪の王子の冷徹な声に異を唱える者は、誰もいなかった。




