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夜霧の騎士と聖なる銀月  作者: 羽鳥くらら
第2章
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【2-88】ごめんね

「そんなことより。今までワタシとお母様が住んでいた家、アンタの手に渡るんでしょ? 調度品とかも含めて」

「えっ、ええ……、そう聞いてはいますが、でも、いつか君が戻ってきたときのために残しておいたほうがいいでしょうし、辞退しようかと、」

「はぁ? 馬鹿なこと言ってないで、貰えるものは貰っておきなさいよ。別にアンタが住まなくたって、いくらでも使い道はあるでしょ。けっこう大きな資産になるはずよ」


 マデリンはがさつな仕草で脚を組み、髪を指に巻き付ける。


「ワタシは、罪人よ。それは自分でもちゃんと分かってる。だから、一生幽閉されたままでもいい。もし仮に何かの恩赦で外に出ることがあっても、あの家に戻りたいなんて露ほども思ってないわ」

「じゃあ……、もしも解放されたとき、君はどこへ行くのですか?」

「んー、そうね……、アンタが育った田舎ってどこだっけ?」

「ルース地方です。僕が育ったのは、ルースの街から離れた場所にあるマルティヌス教会ですが」

「そう。じゃあ、ルースにでも行ってみるわよ。アンタみたいなお人好し馬鹿が育った場所に興味があるわ」


 そう語るマデリンは、幽閉されたままでも構わないし、解放されたとしても田舎でひっそりと生きよう、と本気で思っているようだった。一番を目指して他人を蹴落とそうと躍起になっていた面影は、もうどこにも無い。


「……マルティヌス教会の裏に森がありますが、立ち入り禁止なので中へは入れませんよ。もし行くことがあったら、お気をつけて」


 不意に思い出し、あの茶会の席で反論できなかったことをキリエが伝えてみると、マデリンはニヤリと笑った。


「あら、じゃあ、木苺は摘めないじゃない。教会で木苺のミルフィーユは作れないわね」

「ミルフィーユなんて、夢のまた夢です。教会の子供たちは、飴玉の味も知りません」

「えっ……、そうなの?」

「はい。シチューだって、食べられない。柔らかいパンの感触だって、知りません。いつもお腹が空いていて、お腹いっぱいという感覚が分からないのです」

「……そういえば、アンタってやけに小さくて細いわね。王都に来るまでは何を食べて生きてたの?」

「質が悪くて商品にならないような穀物を安く譲り受けて、それを粉にして固いパンを焼いて皆で少しずつ食べていました。あとは、あまり具が無いスープとか。僕は果物屋さんで働いていたのですが、腐りかけの果物を何個か譲っていただけることも時々ありました」


 マデリンは神妙な表情で、キリエの言葉を真剣に聞いていた。素の自分を晒け出せるようになった彼女なりに、何か思うところがあるのかもしれない。


「……ねぇ、キリエ」

「はい、なんでしょう?」

「もし、アンタの気が向いたらでいいんだけど。本当に、強制したいわけじゃないけど。ワタシの家、貧民のための何かに役立ててあげてくれないかしら」


 キリエは驚き、目を瞠った。まさか、マデリンの口からそんな言葉が飛び出すとは思わなかったのだ。隣に立つリアムも、驚愕して息を呑んでいた。


 キリエは二つ返事で快諾しようとしたが、その前に少し考え、ふと思いついたことを言葉にする。


「では、マデリンが考えてください」

「……はぁ?」

「僕は、譲渡されたとしても、マデリンの家や調度品には手を付けず、そのまま保管しておきます。それらを貧しい人々のためにどう活かすべきか、君が考えてみてください。それはきっと、君の償いになるでしょう」

「ワタシに罪滅ぼしをしろっていうの?」

「君は、自分を罪人だと言いました。その償いとして、幽閉されるのも受け入れるのだと。でも僕は、償いの道はひとつではないと思うのです。それを、マデリンにも考えてみてほしいなと思いました。……駄目でしょうか?」


 キリエは、真摯にマデリンを見つめた。その視線を受けたマデリンは、目を逸らすでもなく、罵詈雑言を投げつけてくるでもなく、意外にも真面目な顔で頷きを返してくる。


「分かった。でも、調度品はすぐに売ってちょうだい。それらを保管するとなると、警備の関係で余計な出費があるわ。お金に替えて、リアムの屋敷で保管しておいて。そのお金は、必要があればアンタが使ってくれても構わない。……で、考えがまとまったらランドルフ経由でアンタに伝える。それでいい?」

「はい! ありがとうございます、マデリン」

「なんでアンタが礼を言うのよ。馬鹿じゃないの。……別に、ただの暇つぶしよ」


 そのとき、牢番たちが何か物言いたげに遠くでウロウロし始める。そろそろ、面会を終わらせてほしいのだろう。

 彼らの仕事に支障を与えてしまうのは、キリエとしても不本意だ。リアムを見上げると、藍紫の瞳はキリエを促すような視線を返してきた。


「では、マデリン。僕たちはそろそろ行かなくては。──身体に気をつけて、元気に過ごしてくださいね」


 キリエが立ち上がると、マデリンの瞳は少しだけ寂しげに揺れる。しかし、勝気な表情を崩さない彼女は、唇を尖らせながら尋ねてきた。


「キリエ。……アンタの怪我、もう大丈夫なの?」

「はい。大げさに包帯を巻いてはいますが、もうほとんど完治に近い状態です」

「そう。それは良かったわ。……じゃあね」

「またお会いできますように。その日までさようなら、マデリン」


 少々後ろ髪を引かれるが、キリエはマデリンへ背を向ける。リアムと共に歩き出したところで、背後から再び名を呼ばれた。


「キリエ!」


 振り返ると、マデリンは椅子から立ち上がり、鉄柵越しにジッとキリエを見つめている。どこか泣き出しそうな顔をしている彼女は、長い沈黙の末、小さく呟いた。


「……ごめんね」


 とても短い言葉だが、そこには彼女の精一杯の誠意が込められている。それが伝わってきたため、キリエは微笑んで頷いた。

 すると、マデリンもふわりと笑い返してくる。


「ありがとう、キリエ」


 様々なしがらみを捨てた彼女の笑顔は、女王を目指して華々しい生活をしていた頃よりも、ずっと美しいものだった。

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