【2-86】血の繋がりは無くても
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──翌日。
ジェイデンとマクシミリアンを見送った後、キリエとリアムはウィスタリア王城を訪れていた。
相変わらず仰々しい王国騎士たちの出迎えを受け、王族が使用する茶話室へ通されたキリエたちは、宰相・コンラッドと面会している。
「ああ、キリエ様。なんともおいたわしく……、御怪我の具合はいかがでございますか?」
コンラッドはまるで自身が負傷して痛みを感じているかのような表情で、キリエの手に巻かれている包帯を辛そうに見つめて尋ねてきた。キリエは安心させるように微笑む。
「お気遣いありがとうございます、コンラッド。リアムに勧められたので、一応まだ包帯を巻いてはいますが、傷はほぼ塞がっていますし大丈夫です」
「御怪我が浅かったのは幸いでございますが、痛みなどは……?」
「もう全然痛くありません」
キリエとしては、むしろリアムの怪我のほうが気掛かりなのだが、彼は頑なに「俺は大丈夫だ」の一点張りである。最低限の治療は受けているようなので、キリエもそれ以上は何も言えずにいた。
「キリエ様、とても恐ろしい思いをされたでしょう? ああ……、なんとも胸が痛みます」
「多少は怖いこともありましたが、僕が不用心だったのもいけないのです。……それに、マデリンのほうが怖い思いをしたはずですよ」
リアムも、そしてジェイデンとマクシミリアンも、本気で憤っていた。怒りの頂点に達していた彼らは皆、氷のような眼差しで彼女を射抜き、吹雪や雹のような空気を纏っていたのだ。
傍目に見ているだけでも心身が凍りつきそうだったというのに、それらを一心に浴びせられていたマデリンが感じた恐怖は相当だったであろう。
「マデリン様は、致し方ありません。御自身が罪を犯してしまわれたのですから。……なんとも、愚かなことを」
コンラッドの声音は、とても悔しげだ。深い後悔が伝わってくる。しかし、マデリンを咎めているというよりは、その場にいて止められなかった自分へのやるせなさのようなものを感じさせるものだった。
「……コンラッドは、マデリンのことをどう思っていましたか?」
「マデリン様でございますか? 私めは、マデリン様を……、そうですなあ……、あの御方は人を困らせるようなことを度々なさりますし、どうにも気が強くて誤解されがちでございますが。……私にとっては、畏れ多いですが孫娘のような感覚でございましたね」
「では、嫌いではなかったのですよね?」
「ええ、勿論でございます。困ったワガママ娘だと頭を悩まされたことも多いですけれども、お小さい頃から御成長を見守ってきたのです。何をされても、最終的には可愛いと思ってしまいますなあ。とはいえ、此度のような出来事は決して許されるべきではないと存じますが」
マデリンについて語るコンラッドの眼差しは、温かい。とても嘘を言っているようには感じられなかった。
キリエは暫し迷った末、マデリンが感じていた孤独をコンラッドへ打ち明ける。皆が自分の死すら願っていたはずだと思い込んでいたマデリンのことを知ったコンラッドは、大きな衝撃を受けていた。
「なんと……、そこまで思い悩まれていたとは。ああ……、私がもっと、あの御方に寄り添えていれば、このような悲劇は避けられたのでしょうか。いえ、しかし──、どなたかへ偏った介入をするわけにもいかず……、いや、しかし、」
宰相という立場上、コンラッドはマデリンだけを目にかけるわけにはいかなかったのだろう。先代国王の正妻が決まっておらず、次期国王に即位するのが誰なのかが分からない以上、国政を動かす中心となっている宰相がその候補者の誰かに肩入れするわけにもいかない。
「コンラッド。マデリンが幽閉されてしまう前に、孫のように可愛く思っていたのだと伝えていただけないでしょうか。小さい頃から見守ってくれていた存在からそう言ってもらえたら、彼女が抱えてきた孤独感も薄れるのではないかと思うのです」
「キリエ様……、貴方様はマデリン様から酷い目に遭わされたというのに、何故そこまでお優しくなれるのですか?」
コンラッドが驚きと困惑を混ぜた面持ちで、呟くように問い掛けてくる。キリエの背後に立って控えているリアムもまた同じ疑問を抱いているのだと、雰囲気で伝わってきた。
「僕、マデリンの気持ちが少し分かるのです。……いえ、彼女からはきっと『アンタなんかと一緒にしないで』って怒られてしまいそうな気もしますが。でも、分かります。形は違えど、僕もマデリンも母親から愛されずに見捨てられた存在ですから。……その淋しさは、分かるのです」
宰相と騎士は、口を噤んで耳を傾ける。彼らが挟み込めるような言葉は、無かった。
「僕は神父様やシスターたちから沢山の愛情をいただきました。血の繋がりは無くても、大切な家族でした。そして今は、リアムが家族のように僕を大事にしてくれています。傍で寄り添ってくれる人たちに、僕は救われてきたのです。……だから、肉親ではなくてもマデリンのことを大切に思っている存在はいるのだと、少しでも彼女に伝わってほしいなと思いまして。コンラッド、お願いできますか?」
「確と。このコンラッド、マデリン様へ積年の想いをお伝えする所存であります。……ありがとうございます、キリエ様。ありがとうございます」
うっすらと涙ぐみ、キリエの手を握りながら、コンラッドは何度も「ありがとうございます」と繰り返すのだった。




