【2-83】幽閉塔での世話役
「幽閉されたマデリンの世話は、ランドルフとその妻がするそうだ」
「えっ……」
驚いて言葉に詰まるキリエの隣で、リアムも目を瞠る。驚いている二人を眺めて苦笑を浮かべながら、マクシミリアンはリアムへと語りかけた。
「ソフィーが、ランドルフをひどく叱りつけたそうだよ。騎士としてあるまじき失態だ、とね」
「……ソフィアが?」
「うん。主が辛いときにお支えして傍にいなくてどうするの、私も手助けするから貴方もしっかりしなさい、一緒にマデリン様をお支えするのよ、と叱咤激励したそうだ。この一晩で、ランドルフの顔つきも随分と精悍になっていたよ。ソフィーの出産時期前後以外は、ランドルフ夫妻が幽閉塔に住み着いてマデリン様の御世話役となるそうだ」
「そうか。……ははっ、ソフィアらしいな」
リアムは柔らかな微苦笑になり、納得したように頷く。彼は、本来のソフィアは責任感が強く曲がったことが嫌いな女性だと言っていた。サリバン邸を訪れた際のソフィアは随分と不安定な状態だったが、そのあと立ち直り、ランドルフの妻としてしっかり生きていくことを決意したのかもしれない。
いずれにせよ、マデリンが独りで幽閉されるわけではなく、支えようとしてくれる存在が傍にいてくれるのは良いことだ。少なくとも、キリエはそう思った。
「ヘンリエッタ様は早々に王都を去り、地方にある生家へ戻る予定のようだな。そして、彼女たちの屋敷は敷地・家屋・調度品など全てひっくるめてキリエへ明け渡すそうだ。近々、受け渡しに関しての正式な書簡がコンラッド経由で届くはずなのだよ」
「……僕に、ですか?」
ジェイデンから聞かされた新事実にキリエが戸惑うと、金髪の王子は眉尻を下げて呆れたように笑う。といっても、彼の侮蔑はキリエに対してではなく、ヘンリエッタへ向けられているようだった。
「娘は幽閉されるし、自分も莫大な財産を明け渡すから、それで手打ちにしてほしい。……ということなのだろうな。せめて顔を合わせて謝罪をすればいいものを、それすらしない。まったく、呆れた御仁なのだよ」
「でも、ヘンリエッタ様から何かされたわけではないですし……」
「だが、マデリンの母親だ。それに、彼女も元々はキリエを煙たがっていたらしいことは、あの茶会でマデリンが暴露していただろう? 今回の一件を裏で指示していたのはヘンリエッタ様なのではないか、という疑いが浮上してもおかしくはない。だから、先手を打ってきたというわけだよ。自分はキリエ王子に歯向かうつもりはないし、差し出せるものは全て差し出すし、娘を処罰しても構わないから、このまま雲隠れさせてほしい──ということさ」
ヘンリエッタの意図がジェイデンの予想通りだとするならば、マデリンへの愛情は欠片も感じられない。しかし、おそらくはジェイデンの考えが正しいのだろう。
複雑な表情のキリエを見つめ、ジェイデンは柔らかく笑った。
「貰えるものは貰っておけばいいのだよ。今すぐにどうにかせずとも、後々いくらでも活用する機会はあるはずだ。キリエのことだから、誰かのためになるように上手に使えるはずだ」
「……はい」
「それに、君がそれだけ案じてくれているだなんて、マデリンは恵まれている。ランドルフ夫妻も付いているし。──だが、まぁ、いざ幽閉されてしまえば再び顔を合わせる機会が今後あるかは分からない。マデリンは今、王城の地下牢に入っているが、明後日に出発して幽閉塔を目指すことになる。何か話したいことがあるのなら、明日にでも王城へ行ってみるといいのだよ」
ジェイデンの言葉が意外で、キリエは目を丸くする。マデリンに対して非常に激しく冷たい怒りを迸らせていた彼が、面会を勧めてくれるとは思わなかったのだ。
キリエの視線を受け、ジェイデンは照れくさそうに咳払いをした。
「マデリンのためではなく、キリエに後悔してほしくないだけだ。コンラッドも心配していたから、キリエの顔を見せてやれば喜んで安心するはずだしな。だが、くれぐれも、単独行動はしないように」
「はい! お気遣いありがとうございます、ジェイデン。……リアム。マデリンと話したいのですが、明日お城に行ってもいいですか?」
ジェイデンへ感謝を伝えてから、キリエは隣の側近騎士へおずおずと伺いを立てる。反対されるのではないかと思いきや、リアムは穏やかな顔で首肯した。
「承知いたしました。お供いたします」
「ありがとうございます、リアム」
「いいえ、とんでもございません」
嬉しそうにしているキリエを見て、ジェイデンも満足そうに笑う。そして彼は、隣のマクシミリアンを肘でつついた。
「なぁ、マックス。僕は今日、ここに泊まって行こうかな」
「えっ!? 嗚呼、ジェイデン様、またそのような突拍子もないことを仰って! ご迷惑になりますから、いけませんよ」
「だって、マデリンは明日キリエとゆっくり話せるだなんてずるいじゃないか。僕だって、もっとキリエと話したい。こんな堅苦しい話だけじゃなくて、もっと気安いことも色々と。それには、茶話程度の時間では足りない。なぁ、リアム、キリエ。キリエの寝台に一緒に潜り込ませてもらえるだけで構わないし、他の世話は特に気にしてもらわなくて構わないから、泊めてもらえないだろうか?」
昨日から世話になっていることへの感謝もあるからか、ジェイデンからの唐突な申し出に対しリアムは温かく笑って快諾する。
「当家は実に質素でございますが、それでもよろしければごゆっくりなさってください。キリエ様も、ジェイデン様とお話しされたいでしょうし」
「はい! 兄弟でゆっくり語り明かしてみたかったので、僕は嬉しいです!」
「キリエ様、本日はまだごゆっくりご静養なされたほうがよろしいのでは? リアム、君も無理をしなくていいんだよ? 断ってくれて構わないんだ」
マクシミリアンが遠慮して辞退の姿勢を見せるも、サリバン邸側はジョセフも含めて喜んで歓迎するという面持ちだ。リアムは幼馴染へ笑いかけて、宿泊を促した。
「まぁまぁ、いいじゃないか。お前も泊まっていけばいい。俺たちも久しぶりに話そうじゃないか」
「……じゃあ、お言葉に甘えようかな」
こうしてジェイデンがサリバン邸に泊まることが決まり、王子たちは顔を見合わせて嬉しそうに笑い合った。




