【2-82】穏やかにテーブルを囲んで
◆◆◆
──マデリンが連行された翌日、昼下がり。
ジェイデンとマクシミリアンは、見舞いの花束と焼菓子を持って、再びサリバン邸を訪れた。応接室は使用できない状況であるため、客人たちは食堂へと通される。穏やかな表情で着席したジェイデンは、マクシミリアンも座るように促した。
「マックス、君も座りたまえ。構わないよな、キリエ?」
「勿論です。マックスも、あとリアムも、ぜひ一緒に座ってください」
各々の主から指示を受けた騎士たちは、「かしこまりました」と声を揃えて着席する。その頃合いを見計らっていたのか、皆が着席したところでワゴンを押したキャサリンとジョセフが入室してきた。
「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました。一番初めのお給仕のみ、当家料理人のキャサリンも参加させていただきます」
「ジェイデン王子殿下、マクシミリアン様、ようこそいらっしゃいませ」
テーブルに近づいたキャサリンが、両手でスカートの裾をつまみ、深々と膝を曲げて頭を下げる。美しい彼女が見せた綺麗な挨拶に、客人たちは頬を綻ばせた。特に、マクシミリアンは感慨深げで、嬉しそうにしている。
「やぁ、キャシー。君は相変わらず、とても美しいね。容姿も勿論、麗しい女神のようだけれど、君が纏う空気には天使のような心が滲み出ている。嗚呼、なんて美しいのだろう」
「まぁ、またそのようなことを。マクシミリアン様は、人を照れさせるのがお上手でございますね」
「……昔のように気安くマックスと呼んでほしいとお願いしても、女神様は首を縦に振ってくれないのかな」
「わたくしは、家名を持たない料理人のキャサリンでございますので」
気負うことなく柔らかく微笑んだキャサリンは、丁寧な仕草で給仕を始めた。そんな彼女を見つめるマクシミリアンの眼差しには、せつなさともどかしさが滲み出ている。
ほろ苦い雰囲気を変えるかのように、ジョセフが温和な口調でジェイデンへと語りかけた。
「ジェイデン様、素晴らしい御土産をありがとうございました。当家の主人たちは甘味が大好物でございまして、いただいた御菓子を早速温めてお持ちいたしましたので、ジェイデン様も是非ご一緒にお召し上がりくださいませ」
「おお、ありがとう! ここの料理人はキャシーだけだったか? ということは、昨日の茶菓子も彼女のお手製か。キャシーの焼菓子も素晴らしく美味しかったから菓子の持参は迷ったのだが、僕の好物をキリエにも食べさせたくて土産にしたんだ。キャシー、余計な真似をしてすまないな」
「いいえ、ジェイデン様。とんでもございませんわ。勿体ない御言葉を賜り、光栄に存じます。……もしも御腹に余裕がございましたら、本日はスコーンを焼いておりますので、そちらもお召し上がりになってくださいね。よろしければ、御土産としてお持ちいただくことも出来ますので」
「おぉ、それは嬉しいのだよ! なぁ、マックス」
「左様でございますね、ジェイデン様。とても喜ばしいことです」
彼らの和やかなやり取りを見守りながら、キリエは内心で、マデリンともこのように打ち解けてみたかったと思ってしまう。せめて、ライアンとは穏やかにテーブルを囲む関係になれるだろうか。そんな不安を抱いているキリエの横顔を、リアムは心配そうにじっと見つめていた。
茶と菓子が着席者へ行き届き、キャサリンが退室したところで、場の空気が引き締まる。まずは、キリエが丁寧に頭を下げた。
「ジェイデン、マックス。昨日は、僕の不注意のせいでお二人にもたくさん迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした。お忙しい中にもかかわらず諸々の対処をしていただき、本日もこうして訪問していただいて、本当に……なんとお礼を言えばいいのか。ありがとうございます」
「おいおい、キリエ。やめてくれ。頭を上げるのだよ。君は被害者だ。君に罪があるわけじゃない。僕たちは運命を共にしようとしている兄弟に対し、自分に出来ることをしようとしただけだ。……なぁ、マックス?」
「仰る通りでございます。──キリエ様、御怪我の具合はいかがでございますか?」
マクシミリアンは、キリエの両手に巻かれた包帯や頬に張られたガーゼを痛ましげに見つめ、気遣ってくれる。キリエは控えめな苦笑を浮かべた。
「ありがとうございます。僕の怪我は大したことありませんので。それより、昨日はこちらから気遣う余裕が無かったのですが、ジェイデンとマックスに怪我はありませんでしたか?」
「嗚呼、キリエ様! 相変わらず、なんと慎ましくお優しいのでしょうか。愛らしい銀の小鳥よ、どうぞ御安心ください。ジェイデン様も私も、全くの無傷でございます」
「安心したまえよ、キリエ。僕もマックスも、ご覧の通り普段と同じく元気だ。……リアムの傷は大丈夫か?」
ジェイデンからの気遣いに、リアムは深く一礼する。
「ありがとうございます。私の負傷はいたって軽度のものでございますので、問題ございません」
「そうか? それならいいのだが。──では、話を始めようか。まずは、マデリンへの処罰のことから。結論から言おう。……彼女は、モンス山岳国との国境付近にある幽閉塔群のひとつに幽閉されることとなった」
「そうですか……」
下手をすれば宰相権限によってすぐに処刑される可能性も無いわけではないと事前にリアムから聞いていたキリエは、ひとまずは安堵の溜息を零した。




